第15話 味覚

口に含んだ木の実を、レントはそっと噛んでみた。

「……っう!? こ……げほっ」

さすがに吐き戻すわけには行けない。

ミストはよたよたとしながらも、水を持ってきた。


「は、はい、飲んで」

「んぐっ……、ありがと……」

レントはミストからコップを受け取って水を飲む。

良く見ると、少し涙目になっている。


「なんて味だ……。苦いし、エグイし、渋いし……。食べられたものじゃないよ?」

「やっぱり」

ミストは笑っている。

「薬に混ぜると、他の薬の材料の味と混ざるから中和されるわよ」

「そ、そうなんだ……。初めて知ったよ」

ミストは笑っているだけで、あまり深く言わない。


「他の材料も……?」

「そういうものもあるわよ」

「あるんだ……?」

レントは興味深そうだ。

「でも、この実を食べた時と同じ目に遭いたくないなら、やめておくことを強くおススメするわ……」

ミストはそれこそ、自分のことを思い出したのかかなり苦い微笑みで言う。

「そ、そうしておくよ」

レントはまだ口の中で木の実の味が残っているような感じがして、苦い顔をしている。


「大丈夫……? 水じゃなくて紅茶の方が良い?」

「じゃあ……、紅茶をもらえるかい?」

「ええ、少し待っていて」

ミストはそう言って、お湯を沸かしに行く。


しばらくして、ミストは紅茶とはちみつを持ってきた。

「ありがとう……、はちみつ、少し使わせてもらうね」

「ええ、そうしてちょうだい」

ミストの言葉の意味を、レントは紅茶を口に運ぶまでわからなかった。


「……あれ?」

「少し喉が荒れていたんじゃないか、と思って。あの木の実、稀に喉を荒らすって副作用が出るのよ。かぶれる、と言うか……」

「そうかも……。でも、少し楽になったよ」

「良かった」

ミストは安心したように言う。


「それにしても、世の人は上手いこと言うもんだよね」

「なにが?」

ミストは驚いたように聞き返す。

「良薬口に苦し、ってさ」

ミストはその言葉にようやく言いたいことに気が付いた。

「ああ、確かにそうね」

「美味しい薬も発明されたらいいのにね」

レントは冗談半分で言う。


ミストは飲んでいた紅茶のカップを机に置いた。

「そう……、そうね……」

「あ……、あの、気を悪くしてたらごめんね」

「ううん。でも、一つ思ったの」

「え? 何を……?」


ミストは一息入れる。

「美味しい薬だったら、みんな病気になることを喜んじゃうんじゃない?」

「……あ! それもそうか!」

レントはミストの答えに、笑った。

そして、同時に納得もする。


「薬師していたら、そりゃお仕事が来るのは嬉しいけど……、健康でいて欲しいって思うわよ?」

「それもそうだよね……」

「でも、飲みにくい薬って意外と指摘が来るから……。色々試行錯誤はしているわ」

だから、ミストはいつもメモを持っているのか……。

レントはそう思ったが、あえて指摘をするのは控えた。


不意に、トントンとノックがされる。

「はい……?」

ミストは戸を薄く開ける。


「すみません、レント先生いらっしゃいますか?」

戸の前に立っていたのは……。

すらっとした背をした、髪の短い女性だった。

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