星間飛行

夢水 四季

第1話

「大切なものは目には見えない」


 これは僕が「彼」から聞いた話の中で、最も印象に残っている言葉だ。



 アメリカ、ニューヨークのセントラルパークで僕は彼に出会った。

「ねえ、おじさん。何の絵を描いているの?」

 当時、十歳かそこらだった僕は、好奇心旺盛な子どもだった。それで、公園内で絵を描いている彼に声を掛けた。

 突然、声を掛けられ、彼は戸惑ったようだが、僕は返答を待たずに、彼のスケッチブックを覗き込んだ。そこに描かれていたのは、風になびくマフラーを巻いた金髪の少年であった。

「これは、だれ?」

 彼は慈しむような笑みと共に、こう言った。

「王子さま、だよ」



 それから、僕は毎日、彼に会いに行った。

 彼は英語がほとんど話せなかった。フランスから亡命してきたとのことなので、僕らはフランス語で会話した。都合の良いことに、僕の家も同じ様な状況だったのだ。

 彼は自身のことを「大尉」と名乗った。本名は言わなかった。

「大尉……。おじさんは軍人なの?」

「ああ、そうさ。フランス空軍のパイロットだった」

「すごいや! ねえ、空を飛ぶのってどんな感じ?」

「それはね……」

 彼は、それは楽しそうに、空を飛ぶことについて語り、僕も相づちを打ちながら聞いていた。

 彼の話は少年心をくすぐる、魅力あるものだった。それは当時、大きな戦争が起こっており、軍人は少年達にとって憧れの存在だったからだ。



「大尉は、あまり絵が上手じゃないね」

 僕は遠慮なんてしない、ものをずけずけと言う、なんとも失礼な子どもだったので、全く悪びれもせずにそう言った。

「……画家になる夢を挫かれたからね」

 彼は苦笑して言った。

 実際、彼の絵は独特の画風をしていた。童話の挿絵に使われるような感じである。

「大尉は、どんな本を書いてるの? 王子さまが空を飛ぶ話?」

 彼は物語を断片的に話した。王子さまとサハラ砂漠で出会ったこと、王子さまが訪れた星で出会った人々のこと、バラとの仲違いやキツネを飼い慣らしたこと……。

 その中でも印象に残った言葉は、冒頭に出したものとこれである。

「星がきれいなのは、見えないけれどどこかに花が一本あるからなんだ……」

 なんて、わくわくさせる言葉だろうと思った。



 しかし彼は突然、僕の目の前から消えてしまった。何も言わずに、どこかへ行ってしまったのだ。

 戦争はまだ続いていた。



 僕は彼のことをしばらく忘れていた。

 彼をもう一度、思い出したのは全くの偶然だった。

 戦争が終わり、フランスに帰って平和な学生生活を送っていた頃だった。

 ふと立ち寄った本屋で、どこかで見たことのある絵が描かれた本を発見したのだ。僕は本をあまり読まない学生だったので、本屋に寄ったのもただの気まぐれであった。ベストセラーとなった本もあまり知らなかった。

 それで、その本を見付けた時は心底驚いた。本を買い、急いで家に帰って、ページを捲った。

 僕は、この物語を知っている。

 これは紛れも無く、彼の、「大尉」と名乗った彼の語った物語であった。

 僕は興奮し、彼にファンレターを書こうと思った。

 しかし、それは叶わなかった。


「星の王子さま」の作者、アントワーヌ・ド・サンテグジュペリは、一九四四年七月、偵察飛行中に行方不明となっている。




 現在、僕はごく普通の会社員として、妻と息子と平凡な暮らしを送っている。

「パパは何で、星を見るといつも笑っているの?」

 僕は満面の笑みで、こう答える。

「そうだよ、僕は星を見るといつも笑いたくなるんだ!」



 あの星々の間を、彼が飛んでいる気がして……。


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星間飛行 夢水 四季 @shiki-yumemizu

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