50.「君の愛・きみのあい」

side.rei



あったかい。


何もしてないのに急にどこかが痛かったりする事はあった。

しきが言うに、現実の体がそうなってるからじゃない?って事だけど……何だか急にこっちの手だけが、あったかい。


太陽が当たってる感じとは違うから、何だろう。


でも、この感じは初めてじゃない。


まるで、誰かに……


『れいちゃん、聞こえてる?』


「!」


しきの声だ。

慌てて周りを見渡すけど、しきの姿は無い。


『……ねぇ、やっぱりダメだよ』


「は?何が?……それより、どこから……」


『夢でどれだけ手を繋いでも……このあったかさには勝てないんだよ』


このあったかさ……って、もしかしてしき?

この……さっきからずっとあったかい手は、しきが繋いでるの?


じゃあしきは、一体どこから話しかけてるって言うの?


「……嘘つき」


嘘つき嘘つき嘘つき。

私はここに居たいのに。


迎えに行くって、本当に迎えに来たの?


「っ……」


行ってやんない。

私は帰る。

だって、そんなのって酷い。


「私の事、またしきは悪者にする世界に呼ぶんだ……」


呟いて、後悔した。


結局私の嫌いなままと同じ言葉。

私の嫌いな私。


目を瞑りたい。

消えてしまいたい。


私を見ないで、生きさせないで。

しきは私をきっと嫌いになるから。

悪者な私を。


『ねぇれいちゃん、れいちゃんが死ななくて良い世界に僕がするから……僕とこの世界で、生きて』


「嫌だ……やっぱり出来ない……」

「れいちゃん」

「嫌だ……っ!」


すぐ後ろで声がした気がして振り払うと、そこには本当にしきが居た。


「あっ……」

「……れいちゃん、やっと会えたね」


しきは私の手を包み込む。

そうだ、このあったかさは……しきの手だ。


そしてしきはゆっくり、私にキスをした。


「!」


感覚がある。


……どうして?

これは夢で、叩いても痛くないのに……。


「あはは、びっくりした?」


目を閉じて、静かに私にキスをしていたしきは、やがてゆっくりと離れて笑った。


しきは離れたのに、まだ唇に感覚がある。


「は……?えぇ……?」

「れいちゃん」

「……なに……?」


しきは少し心配そうだった。


「れいちゃん、僕に心配かけないようにしてたの?」

「……何で?」

「だって、れいちゃんもっと……痩せてたから」


やっぱり、見たんだ。

生きてる私。


「僕ね、夢の中でれいちゃんと会えれば、それだけでも良いのかもって思った時もあったよ」

「……」

「でも、れいちゃんはきっとあのままじゃ長く生きられないよ」


……知ってた。


ほんとは分かってた。

どんどん記憶はふわふわとして、最近は気づかないうちに川の方へ歩いて行ってしまったこともあった。


でも、気づかないフリをしてた。

気づかなかったって言い訳できるから。


「しきは、私に長生きして欲しい?」

「そりゃそうだよ。れいちゃんだって言ってたじゃん」

「私が?」

「うん。僕に長生きしてって」


そうだったっけ。分からない。


でも、しきには長生きして欲しいかと言われると……そうだから、多分そうなんだろう。


「僕も……れいちゃんに長生きして欲しいなぁ……」

「……」


しきは呟く。


でも、それは私にとってどれだけ……


「残酷な言葉だって、分かってるよ」

「!」


先を越されて、少しビックリする。

しきは寂しそうに笑う。


「この世界は、生きづらいよ」

「……」

「……でも、ね」


しきは私の頭を撫でる。

感覚は……無い。


「こんなに綺麗なものに、触れられないなんて」


しきは泣きそうな声で、でもそれを隠すように言う。


「僕は君に会えるなら、このぐちゃぐちゃな世界を幸せに生きられるよ」

「……それは、私が居なくても」

「ううん。……れいちゃんが居ないと、僕も本当はダメなんだ」


ぎゅっと抱きしめられる。

何も感覚は無い。


「こんなに抱きしめても、れいちゃんの匂いも感覚もしないよ」

「……夢、だから……」

「そうだよ。夢だもんね」


私はどうしたらいいか、もっと分からない。

しきが泣いてるのに、涙さえ拭えないなんて。


そんなの……って、


「嫌だ……」


……あっ。


この『嫌』は、生きる事への嫌じゃなくて……。


「うん。……ごめんね」

「違う」


私が遮ると、しきは「え……?」というように私を見上げた。


……怖い。

怖いけど……。


「私……私は……」


服のすそをぎゅっと掴む。


なんて言えばいいか分からない。

使える言葉が、私には少ないから。


「ぁ……」


しきは言葉に詰まる私をずっと待っててくれた。


だから、ちゃんと言葉を見つけられた。


「しきが泣くのは、嫌だ……から、」

「……うん」

「だから……しきが泣き止むなら、私は……」

「……」


私は、どうなっていいと思う?


前選んだ結論は、しきの為なら死んでもいいと思った。

私を忘れてもいいと思った。


でも、それよりも大きな気持ち、今の私なら、たとえ嫌われたとしても、しきの為に私は、この地獄で……


「生きてもいい、」


本当に、そう思った。


しきの為なら、生きてもいいって。


生きるのは、嫌われるのは、死ぬよりも辛いけど、それでもいい。


……それでも良いんだ。


「ほんと……?」

「……うん」

「っ……!」


しきはまたぽろぽろと泣き出した。


……あぁ、せっかくしきが泣かない為に、生きるって決めたのに。


これじゃあ、しょうがないな……。



***



side.shiki



『生きてもいい』


れいちゃんのその言葉は、僕の為に紡がれたものだった。


それがいつか、何よりも自分の為に紡がれますように。


そんな事を思いながらも、生きる怖さより僕を選んでくれたことが、死ぬほど嬉しくて。

れいちゃんが生きてくれることが、何よりも何よりも、ただ、ただ、幸せで……。


僕はいつの間にか、涙でぐちゃぐちゃだった。


「……泣かないでよ」

「だって……」


僕はぐずぐずな声で答えるけど、れいちゃんの声だって、ちょっと涙ぐんでる感じだったの、知ってる。


僕達はぎゅっと抱き合ったけど、やっぱり感覚は無いから早く現実で会いたくて、それはれいちゃんも同じだったみたいで、どちらからともなく見つめ合う。


れいちゃんの目は潤んでいて、頬も赤くて、いつも可愛いけど、特別な感じで可愛かった。


「……行こっか」

「うん」


僕達はあったかい方の手を繋いで、最後に笑ってキスをした。





****









「おはよう」


目の前で静かに息を立てる最愛の人に、僕はそう話しかけた。


すると、ゆっくりとその人は目を開けた。


「……おはよう」


僕と繋いでいる手に、とても弱かったけど、力が入る。


久しぶりに聞く声。

耳に届く声。


……やっと、やっと会えたね。


「……泣かないでよ」

「えっ……」


気づけば、寝てる時からなのか分からないけど、顔中びしょびしょだった。


「あははっ……」


僕は何だかおかしくて、笑ってしまう。


「ふ……ふふっ……」


れいちゃんは色々弱ってるから笑いづらいのか、いつもとは違った感じに、でも確かに笑っていた。


「れいちゃん」

「ん……なに?」

「僕、頑張るよ」

「……うん」

「れいちゃんが、生きるのを心から楽しいって思って、幸せに生きていけるように」

「うん……」


もう片方の手もれいちゃんと繋ぐ。

指と指を絡めて、隅までぎゅっとれいちゃんを感じられるように。


「幸せだなぁ……」

「もう?」

「うん。れいちゃんが生きてるだけで幸せ」


そう。

僕はそんな当たり前の事に、今まで気付けなかったんだ。


前も思ったけど、本当に馬鹿だなぁ。

死にかけてやっと、たくさんの大切な事に気づいて。


絶対に正しくなんかないし、こうなって結果良かったなんて思わない。


……けど、これだけは言える。


れいちゃん、れいちゃんはいつか言ったね。


僕の愛は正しくなんかないって。

それなら君だって相当だよ。


僕の為に……愛する人のために、その人の中に生きる自分ごと死んでもいいなんて。

そしてその人の為に、地獄でさえも生き延びられるなんて。




正しくなんかない君の愛へ。

僕は、そんな君の愛へ、同じくらい大きくて優しい愛を贈りたい。


それはれいちゃんを包み込んで優しいものだけで守るようなものじゃなくて、れいちゃんを支えてあげられる愛。

そして、れいちゃん自身が自分へ愛を向けられるような……そして周りの人にも、そのかけがえのない愛を分けてあげられるような愛。

そんな愛を、死ぬまでずっと、死んでからもずっと感じられるような愛を、贈りたい。


出来れば、ずっと君の隣……君の特等席から。


それが、正しくなんかないけど、とても純粋な君の愛へ、僕が返せる愛だから。

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