ここは舞台の上


「こんばんはルイーザ様」


 挨拶を交わすと、知っているのかとイーサンに驚かれたから、昨晩パウダールームで会ったことを話した。やけに顔色が悪い。


「わたくしとはもう一年になるかしら? もう乗換えなんて酷いわぁ」

「ルイーザ……! ッ、彼女は婚約者のエミリー。エミリー、此方は……友人・・のルイーザだ」

「改めて宜しくお願い致します」

「宜しくエミリーさん。ふふ、友人、ねぇ……」


 昨日は青のドレスを纏っていたルイーザ様だが、一転、今夜は真紅のドレス。

 彼女はまるで大輪の花のように目立ち、彼女じゃないと似合わないだろう大きな宝石をまた身に着けている。

 イーサンに紹介されてしまったから婚約者としてイーサンの友人と話さねばならない。

(うーん、三十分ぐらいなら……)


 そう高を括ったのだがまぁ話が終わらない。

 私が知らない思い出話を語られても相槌ぐらいしか出来ないしイーサンの顔色も悪いし周りの参加者の様子も何だか変だ。


「あっ! そうそう。エミリーさん見て? このイヤリング、イーサンがプレゼントしてくれたのよ?」

「そうなんですか? 綺麗ですね。ルイーザ様に良くお似合いです」

「本当? 嬉しいわ。イーサンがね、このネックレスとペアになるようにってオーダーしてくれたのよ」

「へぇ凄いですね! ルイーザ様はお美しいからプレゼントしたくなる気持ちも分かりますよ」

「ふふふ! 貴女って口がお上手なのね! あら? そういえばエミリーさんはアクセサリーを着けていらっしゃらないのね? 婚約者なのだからアクセサリーのひとつやふたつプレゼントされるでしょう?」

「いえ、私は戴いたことはないので」

「へぇーー、そぉなのぉー」


 赤い紅がゆっくり口角を上がるのと同時に、イーサンが「もういい加減にしてくれ……!」と怒り始めてしまった。

 私は彼のそんな声も表情も聞いたことも見たこともなかったので、単純に驚いた。「えっ」と驚いている間にも二人は言い合いをしている。

 何かが彼の癇に障ったらしいのだが、そこまで関係が深くない私には分からない。付き合いの深いルイーザ様は、それを煽るような口調で言い返している。

 そんな事よりそろそろ時間がやばいのだが。


 言い合う二人に暫し呆気にとられていた私だが、本気で時間がやばいので「えぇっと……」と言って割って入ろうとすれば、ドン──、と肩を押された。見れば同年代らしき数人の貴族令嬢たち。次から次へと一体なんだと言うんだ。


「あらぁ。ごめんなさぁい。影が薄くって全然見えなかったわぁ」

「ふん、成り上がりのくせして生意気なのよ」

「ほんッと。次のお相手が侯爵家のルイーザ様だっていうから私たち手を引いたのに」

「それなのになぁに?? 婚約者?? 貴女が?? 笑わせないで頂戴な!」

「…………はぁ」


 としか言いようがない。突然の嫌味。

 この令嬢たちは誰かしら。イーサンは顔が良いからモテるでしょうし。そこから考えるに以前の恋人? とするとルイーザ様が今の恋人? あ。だから誘ってくれなかっただとかナントカ言っていたのかしら。

 ふむ。でも一応なりとも私が婚約者だからそれは理解してくれないと困る。


「あの、初めましてで申し訳ありませんが。私はイーサンの恋人ではないので今回のパーティーに関しては仕方無いと思います。婚約者なので」

「はあ?」

「何なの貴女……!」

「混ざり物の血のクセして!」

「随分と貴族わたしたちを馬鹿にしているようね……!?」

「エッ?」


 と驚いたときには床に尻餅をついていた。

 先程より強く身体を押され足を引っ掛けられシャンパンをかけられ、それをやった本人たちはケラケラと笑っている。

 なるほど。私ったら本当に馬鹿ね。

 流石だわ。生まれながらの貴族はやることが違う。本当に全ての行動を物語の登場人物みたいに振る舞うのね。まるで己にスポットライトが当たり、そこが舞台の中心であるかのように。

 こういうときは私も『嗚呼! 酷いわ! 折角のドレスが台無しよ!』なんて振舞えればきっと立派な貴族の一員なのよ。幼年期に憧れた世界そのものなのにな。惜しいことをしたわ。

(立派な“貴族”になるにはまだまだね……。返しも普通で、何か言われても反応に困って言葉が出てこなかった……)


 己の行動を悔やんでいると、「君たち何をしているんだ」と颯爽と現れた男性。我が国の第二王子、アンドリュー殿下。

 殿下とは何度かお会いしていて、会社の申請を出したとき、貴族の地位を賜ったとき、そして工房を見学されたときなど、新興貴族ながら親しくさせて頂いている。

 それにしてもやっぱり貴族の世界。出番も完璧ではないか。周りの驚き方も完璧で、つい感動してしまった。


「君、大丈夫かい?」

「殿下……! おっ、御見苦しいところをっ……」

「エミリー嬢ではないか。これはどういうことだい?」


 これまた突っかかっていた令嬢含め周りの貴族は登場人物らしく目を逸らしている。

 すごいわ。これがそのまま庶民わたしたちが観ていた劇になるのね。それを今まさに体験しているのよ!

(参加して良かった……感慨深いわぁ……)


「君の口から何があったか言えるかい?」

「エッ!? 何があったかって、えぇっと、その……えーっと」

「良いよ、無理しないで」

「エッ!?」

「それよりも怪我は無い?」

「アッ、えっと。怪我はないのですが、」

「どこか痛む?」

「いや、あの、そろそろ時間が……」

「……じ、時間?」


 冗談抜きで本当にてっぺんが迫ってきている。

 もうすぐ日が超えてしまう。十時過ぎに帰る予定だったのに。私ったら一体何をしているのかしら。明日の金貨50枚だけは絶対逃せないっていうのに貴族らしさ満載の世界につい感動してしまって。

 そんな中、ようやく後ろの騒がしさに違和感を覚えたイーサンとルイーザ様が振り返り、殿下の御姿を捉えた。


「ア、アンドリュー殿下!? エミリー……!?」

「アンドリュー様。素晴らしいパーティー、とても楽しい時間を過ごしておりますわ。この度はご招待頂き感謝いたします」


 真紅のドレスでふわりと礼をするルイーザ様は見事に美しくて。劇で例えるならきっと彼女が主演で間違いないわね。


「イーサン。流石に婚約者をそっちのけで喧嘩するのはどうかと思うなぁ」


 殿下の手を取り立ち上がる私に、イーサンは駆け寄る。チクリと嫌味を言われて脂汗をかき、その汗をこの前私がプレゼントしたハンカチで拭っていた。


「エ、エミリー……! すまない、目を離してしまって……!」

「いえ、別に大丈夫よ。殿下が気遣って下さったから」

「ッ、そう、だね……。己の不甲斐なさにお手を煩わせてしまい申し訳御座いません。感謝申し上げますアンドリュー殿下」

「良いさ、君と私の仲だ。但し彼女に対してはきちんと謝罪しなければ、ね?」

「っはい……。エミリー……怖かっただろう、ごめんね。此方へおいで」

「いえ。わたし……もう帰ります」

「えっ……」


 彼の表情を見て、またしても『失敗した』と思った。だってせっかく大事なフリを逃してしまったんだもの。

 最後ぐらい、貴族らしく堂々としなきゃね。


「エミリー……。いま、なんて……?」

「帰りますと、申しました」


 ルイーザ様には程遠いが、一礼してホールを出ようとした。けれど「待ってくれエミリー……!」と腕を掴んで引き止めようとする男が居る。婚約者のイーサンだった。


「イーサン……お願い離して」

「エミリー。もう一度話し合おう……! お願いだから待ってくれ……!」

「いいえ。もう時間がないの。だからお願い、手を離して」

「エミリー……!」

「イーサン……私もう帰りたいのよ。お願い……」

「ッ……!」


 するり、手を離して、立ちすくむイーサン。

 ごめんなさい。私もこの劇がどんなふうに終わるのか見届けたいけれど、いい加減工房に向かわなきゃ。本当にごめんなさいイーサン。

 振り返る暇も無く、ホールを飛び出して階段を駆け下りる。こんなとき硝子の靴でも履いていれば少しは主人公っぽかったかしら。

(だけど、どうして庶民にパーティーの出来事が劇として伝わるのか不思議よねぇ……)

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