深窓の恋心
@salad86
第1話深窓の恋心
私は校舎の窓からその姿を覗き見る
あまり人の来ない歴史の本棚の間から
バスケットボール部の練習風景がよく見えることを誰も知らない
元気のいいバスケ部の面々を更なる元気で率いるその姿は
自分とは同じ学校でありながらもとてつもない距離を感じる
バレンタインが近づいて
校内はどことなくそわそわした空気が漂う
この比較的厳しい進学校の校則も
先生達も人の子 温情措置か
その日だけは黙認される傾向にある
重要な模試や受験はほぼ終わった頃という実利ゆえかもしれないが
分厚い本をどけてその隙間から見れば
もしも まあそんなことはきっとないけれど
向こうがこちらに目をやったとしても気付かれずに済む
本棚の横の窓から見る時はもしものことを考えて
なんとなく外を見てるだけですよ なんて表情を作っているが
この本の隙間からなら
素直な憧れの視線を向けても安全かもしれない
そんなことを考えてしまうのは
このバレンタイン間近の空気に踊らされてるからか
もしくはいつまでも眺めてるだけで
想いを伝えるに至らない自分のふがいなさに
焦りを感じているからか
日本人はすぐ多数に流されるというけれど
私とて例外ではなかったようだ
平時なら秘めるが花なんて澄ましているのに
この空気に充てられると
誰もかれも好きな人に想いを伝えていて当然
そんな気がしてくる
そしてそんな中で自分はひどく出遅れているのではないか
きっとこの時期を通り過ぎればまたいつも通り
眺めているだけで十分と思うであろうに
この時期を逃したら一年機会を見つけられず悔やむことのになる
そんな気もするのだ
そして当日
当日になったら勢いで自分も思ってもないほど
積極的になれるのではないか
そんな淡い期待は己の弱さの前に砕け散った
校舎のふしぶしでそういう雰囲気の生徒を見つつも
自分もその波に乗ることはできなかった
分厚い本たちを撫でて 自分の味方は彼らだけだと
いつもの日常に戻る
「どうも!借りていた本返しに来ました!」
図書室のドアが勢いよく開けられる
来慣れてない人間特有のその大きすぎる動作が室内に響き渡る
「あ!すみません!うるさくしちゃって
いっつも体育倉庫開ける時の癖でつい」
悪気も屈託もなく笑うその姿は今日一日探し求めていた姿だ
突然の来訪に何の準備もできてなかった私は
慌てて持っていたものを隠す
「あれ…あー!校長先生いーけないんだ!校則違反!」
口ではそういいつつも全く非難する様子はなくむしろ楽し気に彼女は言う
「ダンディな教頭先生が意外ですねぇ、あ、先生は去年まで海外いたんでしたっけ
海外では男性からチョコ贈るっていいますもんね」
快活に話を進める彼女に戸惑いながらも
望んでいた方向に話が進むことに喜びを隠せない
「…教師にとってはここは職場です、校則は生徒の為のもの
私たちにスカート丈も制服着用も義務付けられていないでしょう?」
「えー?教師は生徒の手本ですよ?そんなこと言ったって生徒たち
屁理屈!って言うだけですよ」
非難めかしつつも彼女はどこか嬉し気だ
「まあ私もバレンタインには期待してるんですけどね
校長室の窓からいつも見守ってくれるどなたか…とか?」
ああ気付かれていたのか
校長室の奥の郷土史の詰まった本棚の奥の窓
そんなところ誰も目をやらないと思っていたが
「では、私も運動場の隅の窓から私を見ていてくださった方に想いを伝えます」
「本命のチョコレートです。付き合っていただけますか?」
深窓の恋心 @salad86
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