第2話



「それではお話をすすめましょう」


俺が連れてこられたのはごく一般的な一軒家だ。 リビングに連れてこられて紅茶をもてなしてくれている。 目の前の少女はその琥珀色にこれでもかというぐらいの砂糖を入れていた。 俺も入れたかったのだがやめておいた。


俺は連れられてそうそう違和感があった。 家の前、塀に表札がなかったのだ。

それにこの家の生活感はほかの人などいないかのように静かだ。 確かにもう寝てしまったといえばそれまでだが、さすがに早すぎるのではないか。 まだ8時だぞ。大概の人はまだ活動時間なはずだ。疑問はほかにもある。 俺はこの紅茶に口をつけてもよいのだろうかというどうでもいいものからこの家を不気味たら占めている違和感まで様々だ。


それにしても彼女はフードを取らないのだろうか、ずっと目深にかぶったままだ。俺からしてみれば顔が見えなくて不気味でしょうがない。 俺がそういったことに思考を巡らせている間も俺たちに会話はない。 とても気まずい空間が10分20分が流れる。


ふと俺はどうしてここにいるのだろうと考えてしまった。 こいつに連れられて来たであっているよな俺。 何故だがだんだん俺自身が悪くかったのではないかと思考が偏ってくる。 でも冷静に考えてそれはあり得ない。 だんだん理解が及ばなくなってくる。 どうしてが積み重なって、疑問が疑問を重ね疑問を生み出す。 そして口からいかにも考えていますと言わんばかりにうーんうーんと小さな言葉が漏れ出てしまう。 それと同時に小刻みに体が揺れる。


「あの。えっと」


目の前の少女の重い口がやっと開いたと思ったが中身に内容がない。 しかしすぐに口を閉ざしてしまう。 俺は今聞いておかないと損すると思い少し遅れて続いた。


「あのさ、まず名前でも教えてくれないかな。俺の名前は鳴鹿要だ」


俺が今の二人の距離感を図るために言葉を使う。 そして俺の言葉を聞いて驚いたかのように体をビクンと跳ねさせた。 彼女は自分の中でその言葉を口でモゴモゴと噛み砕いている。 だがやはり不思議だ。 何故こうも公園で出会った彼女とは別人になったのだろうか。


「私は、私の名前は」


まだ彼女の中で喋るかどうか悩んでいるのかたどたどしい言葉遣いだ。 端々に言葉がつまって先々の言葉を頭の中で一回消化させてから話している。


「それは。まだ、言えません。すいません。でも、それでもあなたでよかった」


俺でよかった、何が俺でよかったのだろうか。 だがそれ言葉が俺にとって救いだったのかもしれない。 多分多くの人にとっては意味も価値もない、だけど救済となった。


「えっと、よくわからないのだけど。俺でよかったってどこがだ」


俺にとって不思議なのは今の一瞬彼女が笑ったように感じたことだ。


「あなたなら私が私を保っていられる。だから少し待ってください」


彼女はおもむろに椅子から立ち上がりタンスから封筒を取り出し俺の方に差し出してくる。


「中身を見てください」


厚みのある長方形の茶封筒。 俺は手を伸ばして中身を見る。 札の束、パラパラと札を手で滑らせる。 そして数が増えるごとに手に汗がじんわりとにじんでくる。 正確に数えているわけではないから定かではないがこれは100万円の束だ。


「これ、もらっていいのか」


俺は恐る恐る彼女に本当にもらうぞと忠告する。


「はい。私がそれを差し出す代わりに明後日私のいうことを一つ聞いてください。それさえ聞いてくれるのであればもう一つ差し上げます」


重ねて先合った場所に同じ100万円の束を置く。 今度は裸で差し出された。 俺はそっと裸の札束の上に茶封筒を重ねる。


「俺は明日まで自由にしていていいのか」


俺は確認のために繰り返し同じことを聞く。


「はい、これも持って行ってください」


これとは多分テーブルに置かれている金だ。 それはいくら何でも用心がなさすぎるのではないか。 俺が明後日来る保証なんて何もない。 それなのに彼女は俺に200万の大金をかけられるのか。 頭が悪いとかそういった次元ではない。 金を金だと思っていないのではないか。


「わかった。もらってくよ」


俺は左右にのポケットに100万ずつ入れて椅子から立ち上がった。


「それではまた明後日ここでお待ちしています」


俺は彼女に一瞥入れ扉のノブをひねる


「私はあなたを信じています」


俺は送られた言葉に返すことができなかった。 俺はそこまで高尚な人間などではない。

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