第7話 訪問者(前)

 森の小屋に一晩世話になって、一つ感心したことがある。意外と、ご飯がおいしい。

 本当は、落ち着いている場合ではない。八方塞がりなのだから。

 分かっていても、やはり空腹には勝てない。隣りに座るテンパランスも、昨日の騒動が無かったかのように、目の前の腸詰に夢中になっている。


「このスープ、おいしいわね。できあいのものじゃないの?」


「いや。昔、ジャスティスが作っていたものを、まねてみただけだ」


「おばさんが?」


 頷く彼の金色の瞳は、夕日のように柔らかくて温かい色に染まっている。まだ家族が揃っていた頃の記憶を、思い起こしているのだろう。


「次に会った時に、作り方を教えよう。病人食にも向いている。デスも、これなら文句を言わずに食べるんだ」


 名前が上がった彼の息子は、いまだに起きてこない。臥せっている人に対して敏感なエンプレスは、ずっと彼の枕元に座っている。


「エンプレス」


 スープを飲み終えて立ち上がると、妹の傍へ行き、細い肩に手を添えた。


「しばらく私が付いているから、スープだけでも飲んでくると良いわ。ね?」


 エンプレスは、意固地になるところがある。なるべく無理強いはせず、あくまで促す形で声を掛けるよう努めた。

 しかし、彼女は頷くことも否定することもせずに、ただ一言を告げる。


「誰か来るよ」


「え?」


「軽い足音。女の子だよ」


 足音と歩幅で察知したようだが、自分には聞こえない。エンペラーたちを振り返るが、彼等の何も聞こえないと言うように首を傾げている。

 本当に誰か来るのだろうか。小屋の出入り口を見ていると、やがて軽く戸を叩く音がした。


「エンペラー。いる?」


 甘く、かわいらしい声だ。

 エンペラーは戸惑いながらも応じて、戸を開いた。戸の向こう側には、エンプレスの言葉通りに、女の子が立っている。


「久し振りね。元気だった? なにを驚いているの?」


「いや」


 女の子は、大きな丸い目を瞬かせて、小首を傾げる。周りの空気に花を咲かせるような明るさと、活発さを、惜しげもなく感じさせるような女の子だ。真っ赤な生地に、たくさんのフリルが付いたワンピースも、よく似合っている。

 彼女はおさげの髪を揺らして、エンペラーの脇からこちらを覗き込んだ。


「お客様がいるのね」


「ああ。だが、気にしなくて良い」


「端から気にしてなんていないわ。むしろ、お客様がいることが前提だったんだもの」


 鈴を転がしたかのように笑う少女に、エンペラーは目を丸くした。


「どういうことだ?」


「私、みんなをお迎えに来たのよ」


 その言葉に、驚かされる。『みんな』というのは、自分やエンプレスも含めて、という意味だろう。

 なぜ、ここにいることが分かったのか。見ず知らずの人間に、どんな用があるのか。

 少女は室内を見回すと、疑問を悟ったのか、うんうん、と2回頷いた。


「なにも不思議なことではないのよ? ホイールが言ったの。今から、エンペラーの家に行けって。そこにいる5人を連れてこいって。だから、近くまでマジシャンに送ってもらったの」


「ホイールが? マジシャンではなく?」


 エンペラーの声に、少女がまた一つ頷いた。


「副作用のせいで、マジシャンの占いよりも、ホイールの未来視の方が確実なのよ」


「なるほど」


「副作用って?」


 エンペラーは納得できたようだが、自分にはさっぱり分からない。副作用と未来視には、どのような関係があるのだろう。

 その問いに答えたのは、エンペラーでも少女でもなく、眠っていたはずのデスだった。


「僕みたいなものだよ」


 起き上がったデスを見て、保護者と今までの経緯を知らない少女以外の人間が慌てた。


「おい。まだ寝てないとダメじゃないか」


「起きちゃダメ」


「急に起き上がったりしてはダメよ」


 それぞれに声を掛けるが、デスは聞き入れることなく食卓へと歩きだした。


「まだ、ちょっとおぼつかないけど、大丈夫だよ。これが、僕の『副作用』」


「副作用?」


 困惑するテンパランスに、デスは鼻を鳴らした。


「レンを抱えて、2階から飛び降りて、ここまで走ってきたんだよ? ホバーカーでも、追いつかないほどの速さでだよ? 普通、おかしいよね?」


 デスに問われて、テンパランスは何度も頷いた。


「それ、ぜーんぶ、『副作用』のおかげなんだ」


 得意気に胸を張るデスを、テンパランスはまじまじと見た。


「でも、薬飲んでるようには見えないけど。なあ、エステス?」


「そうね。健康に見えるけど」


「うん。今は元気だけどね」


 苦笑を浮かべながら、デスはその場で跳躍し始めた。たいして力を使わずに行う跳躍は、同じ年代の子供と変わらない高さに見える。


「薬も飲んでないし」


 今度は膝を使い、腕の振りを使い、全身を伸縮させて跳躍する。すると、回数を重ねるごとに高度が上がり、終いには天井に頭が付きそうなほどにまでなった。

 驚いて言葉を出せないでいると、エンペラーから声を掛けられた。


「ある技術を施された者に、『副作用』は現れる。全員に現れるわけではないが、他にも表れている人間なら知っている。これの所有者とかな」


 エンペラーが、指さす先を見る。少女が、ほほ笑んでいる。


「所有者って?」


「私、こう見えて、人形なの」


 テンパランスが、「はあ?」と大きな声で聞き返す。


「だから、作り物、なの」


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