第5話 奪われた力(後)

 妹と外に出ると、玄関先に置きっぱなしにしていた荷物を回収する。小屋に行ってみると、引き戸が完全に開かれたままになっていた。ホウキを片付けた後、閉め忘れたのだろう。田舎とはいえ、不用心だ。

 入ってすぐの壁には、ホウキが立てかけられている。奥には、白いホバーカーがあった。屋根は無い。

 近づいて、運転席を見る。きちんと掃除がされていて、綺麗な状態だ。計器は自分が習った車種よりも古いもののようだが、操作するのに問題は無さそうだ。


「お待たせ」


 車を確認していると、息を切らせたテンパランスが来た。手には鍵の他に、布袋を持っている。乱雑に詰め込んだようで、口から袖がはみ出ていた。

 彼は、ホバーカーの鍵を手渡してくれる。


「これは、誰か乗ってるの?」


「元はエンペラーのだけど、今はたまにレンが買い物に乗るくらいかな」


「そう。たまにでも動かしているなら、問題は無いわね」


 あまり乗らなさすぎるのも、車には悪影響だ。その点に気を配らなくて良いことに安心して、後部座席に妹を乗せ、自分は運転席に座る。


「どうしたの?」


 突っ立ったままのテンパランスに声を掛けると、彼は戸惑いながら助手席に荷物を載せて、自身はエンプレスの横に落ち着いた。


「どうして、助手席じゃないのかしら?」


「い、いや。べつに、深い意味は無いんだけど」


 しどろもどろに答えるテンパランスには、どうにも釈然としないものを感じる。しかし今は、それを追及している暇などない。


「まあ、いいわ。行くわよ」


 棒状の鍵を差し込み、小さな画面に免許証を触れさせるとエンジンが掛かる。空気が噴射される音と共に、独特の浮遊感が体を襲った。ゆっくりとホバーカーを前進させて、とりあえず小屋から出す。

 しかし、車に癖があるのか、いまいち勝手が掴めない。なんとなく、アクセルが硬いような気がする。

 思いきりアクセルを踏み込むと、車は急に速度を上げた。座席に、身体を押さえつけられるような感覚に、自分でも驚いてしまう。


「おっわ。危ねえぞっ」


 後ろから抗議があっても、文句は言えない。


「ごめんなさい」


 素直に謝ると、速度を緩めて、鏡を片手で微調整する。後部座席に座る2人の姿が、運転席でも確認できるようになった。彼等は顔を引きつらせながら、お互いの体にしがみついていた。


「言っておくけど。友達の中では、うまい方なんだからね」


 彼等の態度を少し不満に思いながらも、しばらくはそのままの速度で車を走らせる。特に、道という道は無い。そのため、計器で方向を確認することになる。幸いにも視界は良好で、飛び出しや衝突の心配は微塵も無かった。慣れてきたところで、速度を上げた。

 正面に、森が見えてくる。その頃には、後ろの2人も落ち着いて座っているようになっていた。エンプレスが、目を閉じている。眠っているのだろうか。

 ほほ笑ましく思いながら、速度を落とす。

 だが、彼女は眠ってなどいなかった。耳を澄まして、風を切る以外の音を聞こうとしていたのだ。


「お姉ちゃん、止まってっ」


 珍しく上げる鋭い声に反応して、ブレーキを踏み込む。体が、前のめりになる。急停止した車の前に、空から大きな塊が降ってきた。


「なんだ?」


 完全にくつろいでいたテンパランスが、声を上げる。

 車の前には、追っていたはずのデスが倒れていた。

 素早く車から飛び降りると、しゃがみ込んで脈や呼吸を確認する。気絶はしているものの、息はあるようだ。


「ごめん、ごめん。手加減は、したつもりなんだけどな」


 頭上から声がして、振り仰ぐ。驚いた。


「ちょっと、手元が狂っちゃったかな」


 青い目を細め、楽し気に笑っている青年の顔は、常識としているものよりも上にあった。彼は、自分の背丈よりなお、高い所で浮いている。

 彼の左腕には、ストレングスが抱えられていた。彼女は気を失っているようで、身動き一つしない。


「レンッ」


 テンパランスが、届くはずのない青年に向かって、飛び掛かろうとしている。それをエンプレスが、裾を必死になって引っ張ることで、なんとか止めている。2人して、車から転げ落ちてしまいそうだ。

 青年は首を傾げて、彼等を見ている。


「大丈夫。少し眠っているだけだよ。デスが、あんまり酷く扱うものだから。速さに、付いていけなかったんだろうね」


 テンパランスの動きが、止まる。デスの名前が、彼の口からすんなり出てきたせいだろう。


「デスの知り合いか?」


 尋ねられ、青年は考えるようにして眉を寄せる。


「知り合いではないけど、君達のことも知ってるよ」


 風に揺れる白い髪。この顔には、どこかで見覚えがあった。


「ハイプリースティスに、テンパランスに、エンプレス。でしょ?」


 指を差しながら、得意気に笑う。つい最近、これと同じ顔を見た気がする。


「特に、君のことはよく知ってるよ。会うのを、楽しみにしてたんだ」


 彼は、こちらを真っ直ぐに見た。


「エステス」


 嬉しそうに自分の愛称を口にする彼と、どこで会ったのか。思い出した。


「あなた、荷馬車で送ってくれた男の子よね?」


 彼は2、3度瞬いてから、ほほ笑んだ。


「そうだよ。そうだな。早く話したくて、つい近付いちゃった、てとこかな」


「あの時は、ありがとう。ついでに、レンも返してくれると嬉しいんだけど」


 遥か上空で、低音を発する何かが近づいてきている。


「この状況で、お礼を言うなんて。本当に、おもしろいな。でも、ストレングスは返せないよ。命令だからね」


「命令?」


 その時、巨大な影が落ちた。


「そう。上の人からの、命令」


 青年が指さす空では、巨大な機械がゆったりと移動していた。滑らかな曲線が多用され、前方は長細く尖り、左右は翼のように大きく広がっている。下から見上げると、優美な黒い鳥に見えた。


「ペンタクル・エース」


 呟く声が聞こえて、テンパランスを振り返る。


「あれが?」


「そう。大陸の科学者が集う場所」


 再び、青年を見上げる。完全に影になってしまい、ここからでは青年の顔が見えない。しかし、きっと笑っているのだろう。


「お迎えが来たから、そろそろ行かなきゃ。じゃあ、またね」


「おい。待てよ」


 テンパランスが声を掛けるが、青年が聞き入れることはない。ストレングスを抱えたまま、巨大な鳥に向かって、舞い上がって行ってしまった。こうなると、自分たちに、ストレングスを取り戻す術はない。


「どうするんだよ、あれ。あんなの、反則だろっ」


 テンパランスが、地団駄を踏んで悔しがる。


「とてもじゃないけど、ホバーカーじゃ、あの高さまで飛べないわ」


 途方に暮れる、とは、こういうことだろうか。

 そんな自分たちの意識をさらったのは、エンプレスの新たな気付きだった。


「お姉ちゃん。人がいるよ。向こう」

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