第39話

 ハルト侯爵領が黒い影に襲われ、リリの母親が殺された。

 その事実が……母親っ子だったリリに与えた絶望と悲しみ、怒りは推して知るべしだろう。


 復讐心に囚われたリリが黒い影へと道具のマーキングと創作主への送還魔法を使い、それをアレスが強化してようやく成功したその魔法によって本来であれば黒い影がルルド魔導帝国へと戻り、そこで暴れて大きな被害を出す……はずだった。

 

 だが、黒い影が送還された場所はフェルジャンヌ王国の一角であり、マーキングに従った辿り着いたのは地下に広がる謎の研究所であった。


「……誰が……私のお母さんを……ッ!」


「……一体どこのどいつが」

 

 怒りに囚われているリリに、自国に裏切り者がいると知って憤るレースに。


「誰が、こんなひどいことを」


「一体どういう目的で……?」


 二人と比べても幾ばくか冷静なアレスとリリス。

 その四人が怪しげな研究所を歩き……そのマーキングが施された黒い影が留まっている部屋へとたどり着いたとき。


「やぁ、諸君。元気にしていたかい?」

 

 様々な思考を、思案を抱えていた四人の考えの何もかもを吹き飛ばす。


「さて、諸君。僕の研究所に何の用だい?」

 

 マーキングが施された黒い影の上に腰を下ろし、柔和な笑みを浮かべるノアが四人を待っていた。

 その事実に四人はただただ硬直する。


「……え?なんで、ノアがここにいるの……?」

 

 一番先にその混乱から立ち直ったのはリリスであった。

 リリスは困惑の言葉を口にし、動揺を露わにする。


「ん?ここは僕の研究所だよ?僕がいることは何も不思議なことではないよ」


「ま、待ちなさい!?あなたがこの国に黒い影をッ!?」


「うん。そうだよ」

 

 ノアはあくまで柔和な笑みを崩さず、レースの言葉に頷く。


「……の、ノアが……私のお母さん、を?」

 

 体を震わせるリリがノアへと疑問の声を投げかける。


「うん。そうだね」


「お前がァァァァァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!」

 

 リリは我慢の限界と言わんばかりに笑顔のままなんでもないことのように同意したノアへと剣を持って斬りかかる。

 リリの渾身の一振りはいともたやすくノアへと素手で受け止められる……剣を持つノアの手からは一筋の血も流れない。


「ふふふ」

 

 リリの刃を素手で受け止めるノアはどこか作り物めいた柔和な笑みではなく、恍惚とした笑顔を浮かべる。


「丁寧に接してくれない君も新鮮で良いね」


「……ひぃッ!」


 ゾッとするほどに美しく、禍々しいノアの笑みを至近距離で見たリリは一瞬、怒りも忘れて恐怖の感情を浮かべる。


「……え?」

 

 そんな一連の流れをアレスはただただ眺めていた。

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