第1話
素人モデルを始めた私は、カメラマンを探していた。普段はモデルとは何の関係も無い人間でも、ネット上でポートレイト撮影を募集すれば、アマチュア、プロ問わずカメラマンから依頼される。正式なプロフィールなんて要らない。年齢もサバを読める。顔写真は載せなくとも、基本的に当日会えば交渉は成立する。
被写体募集、楽しく撮影。
表向きではこうした募集をしているものの、裏では風俗行為を求める野郎どもが性行為を撮影して、裏で販売をしながら「自営業」と名乗る連中もいる。普通の写真好きを探す方が難しい。
この賃貸に越してからは半ば引きこもっていた。正規で働くわけでもなく、貯金と撮影のギャラで生活費を工面している。1Kの集合住宅で、真っ昼間にパソコンのフォーム画面に目を通しながら自分のプロフィールを打っている。年齢、大まかなスリーサイズ。これさえ打てば大抵すぐに依頼はやって来る。そらみろ。ピコン、とメール通知が鳴れば、
「デートしませんか」
と明らかに冷やかしと分かる奴からだった。
本気でモデルを目指す女の子からは批判されるかもしれない。期限の迫った光熱費を支払うには撮影前後にポン、と貰えるギャラが手っ取り早いのもあるが、誰かに可愛いね、とでも言って貰いたいという本音は、心の底ではあると思う。自分のアルバムを作るには気が乗らない。そうは言っても私には友人とのプリクラは今は手元に無ければ携帯にアップロードするような写真も無い。自撮りでもアプリに挙げとけって言われても、そこまでする気にはならない。ファッションモデルを目指している訳でも無い。それでも、何となしに写真を撮って貰うことに正直言って悪い気はしなかった。俗っぽくて、チャラチャラしていて、随分と顕示欲の強い女。そう思われても構わない。
「だから何」
って誰も居ない部屋で誰にでもなく言い返す。
「掲示板で書いたギャラは、絡みができたらの値段なんだよね
」
嗚呼、今回は失敗だ。待ち合わせしてからホテルの部屋へ着くと、入室後すぐにトランクス姿になった野郎が頭にカメラを巻いていた。
メールのやり取りの時点ではスタジオが良いと言ったが断られた。
個人撮影ではよくラブホテルが使われる。実際に撮影スタジオと提携しているラブホテルもあるし、広い部屋だと撮影にも使いやすい。別の理由としては、ネットで知り合ったモデルからの冷やかしもあるから、先払い制やキャンセル料が取られるスタジオより、モデルと会ってから現地に行ってから選べるラブホテルの方がカメラマンにとっては都合が良い。
まあ、確認してくれただけでも有難いか。
「ごめんなさい、今日は生理で」
拒否するにも無難な理由を選べば、私は逃げるようにその場を去った。
私にはいつまで生理が来てくれるのだろう。
あまりにもひどい生理痛でエコー検査をしたら筋腫が見つかった。すぐに手術はしなかったが、もしかしたら母親みたいに子宮を丸ごと摘出する日もそんなに遠くないかもしれない。
日を増すごとに大きくなる筋腫は、食べ過ぎた翌日に下腹部が膨らんでいてもそれで言い逃れができる良いものでもあるのだけれど。
「ねえ、普段は何をしているの」
大体のカメラマンに必ず聞かれる。私は本当のことは言いたくないから、相手が女にやって欲しそうな職業を想像しながら答える。ある時は図書館の受付係。ある時は英語講師。そしたら相手はニヤニヤするもので、それが何となく気持ち悪くて、何となく気持ち良い。
急ぎ足で駅から自宅まで帰る途中、お髷を結った小学生がそそくさ、と歩くのを見掛け、その姿を見るばかりに改札口で棒立ちしていた。後ろからスーツ姿の中年の男が、道を塞いだ私に舌打ちをする。
「すみません」
と頭を下げれば、いやいや、と反って向こうが謝って、男は定期券を通して2番乗り場へ行った。さっきの少女が居た場所は、待ち合わせをしていたカップルに変化した。
こんな生活に後悔はしていない。これまで関わった人間とはもう誰とも会わず、自由に新しい暮らしを始めている。
さっさと風呂へ上がった後にカタン、と寝酒を机に置く。手を洗い、アルコールで足を拭き終えれば布団へ潜り込んだ。
ミラーレス 個撮の神様達 ミカ @mika-mt
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