つぶれかけのスーパーの復活は異世界の力で。スピンオフ版です(6話から、話が分かれていきます)。

たけ

第1話 異世界への扉




 8月某日のオフィス街の一角。西日が俺の顔を照らすもカーテンを閉める余裕もない程、電話対応に追われている。


 「えーその件はですね~次回もまたよろしくお願いします」と、先方に自社商品の説明が終わったかと思うとまた次の電話対応に追われる。


 「ふー」と一息つきカーテンを閉めに行く。辺りから「根津さんありがとう」や    

「太郎サンキュー」など声が聞こえる。電話対応中の者は手を顔の前に出して、ありがとうを伝えてきた。


 皆まぶしかったんだな...。


 そういえば午後4時を過ぎたが昼飯も食べていなかったことを思い出し、デスクの引き出しからお気に入りのお菓子を口に放り込んだ。昼食終了と。


 口を動かしながら、まだ営業の仕事も2件残っている。今日は何時に家に帰れるのだろうと思いながらお菓子を飲み込み、また次の仕事にとりかかった。


 そんな時、事務の明美ちゃんから「太郎さん2番に電話です」と声がかかった。


 「はーい」と空元気の声をあげ2番の電話ボタンを押し「お電話ありがとうございます。サン産株式会社営業の…」と言いかけたところで、「太郎かい、太郎」と懐かしい声が聞こえた。


 「お袋、どうしたの?用事なら携帯にかけてくれって。会社に電話してもらっても」と、突然お袋からの電話で動揺し、少し大きな声になってしまい、あわてて受話器を手で覆い、声のトーンも少し下げた。


 「携帯に何度も電話をしたさ。大変なんだよ。お父さんが交通事故で、死んじまったんだよ」と涙声で、でも泣くのを必死に堪えて最後まで俺に伝えてくれた。


 それからのことはあまり覚えていないが、実家に向かう新幹線にボストンバック1つで乗り込んでいるという事は、東京から実家に向かっているんだろう。


 事故で親父、根津ねず ただしが突然亡くなった。借金とつぶれかけのスーパーを残してあっけなく死んでしまった。

 店は東京から高速道路を使い6時間以上、新幹線なら2時間30分はかかる。まあ要するに地方都市だ。


 新幹線の3列シートの窓際の席に座りビールを飲みながら、車窓に映る景色を何となく見ていた。


 すると親父とキャッチボールやサッカーをしたり、海に連れて行ってもらったり…。亡くなった爺さんと元気にお店で働く姿が浮かんできた。


 目頭が熱くなり、鼻を咬むふりをしてそのティッシュで涙も拭いた。


 俺は根津太郎。29歳独身で外見はいたって平凡と思っている。身長が175㎝でやせ型、ただ大学生の頃は窪〇正孝に似ていると言われたこともある。


 まあ言われただけでどこのパーツが似ているのかも分からないし、モテた記憶もない。


 現在は東京にある超多忙だけが売りな三流企業で働いている、サラリーマンである。


 親父は俺に店を継がせるのをためらっていた。どうせ大手のチェーン店には勝てない、将来性がないから継ぐのをやめておけとよく言っていた。


 そのため店は、お袋である君江きみえと近所に住むパートのトヨさん、そして親父の3人で、切り盛りをしていた。

 

 親父が残したスーパーは「スーパー根津」といい、親父のお父さん、つまり爺さんである根津友三ともぞうが興したものであった。

 親父が2代目、俺が店を継げば3代目という事となる。


 その「スーパー根津」は岐阜の住宅地にある。800㎡ぐらいの売り場面積を誇り、他の個人スーパーに比べても案外でかい。

 店舗の横に駐車場と実家が隣接している。店舗の横に地下室も併設しておりそこには保冷庫や冷凍庫などが置いてある。


 また駐車場も500㎡ぐらいあり約30台が停められる。今では5台分ぐらいのスペース以外は、ロープを張って立ち入り禁止としている。

 親戚一同からは眠らせておくぐらいなら売ってしまえばいいのにとよく言われるが、全部無視をしている。


 売り場は1階に食料品コーナーちょっとしたフードコート、2階は衣服と文房具、そしてガチャガチャと数台のゲーム機が階段の近くに並べられていた。


 しかし、客足も減りどんどん売り場面積を縮小していった。今では一階の食料品売り場だけを残し、細々と営業を続けていた。


 俺が小さい頃は近所の子供たちがゲーム機目当てに遊びに来たり、お菓子を買いに来たりした。スーパー根津は子供のたまり場的存在でもあった。


 従業員も今でこそトヨさんという昔から務めてくれているおばちゃん1人だけになってしまったが、昔は10人以上務めてくれていた。


 そう今では考えられないほど賑わっていた。柱の1つを触るだけでも友達と遊んだ記憶が蘇る。


 俺にとっては幼少期の思い出が詰まった特別の場所である。


 近年地方都市には、商業施設を兼ね備えた大型のデパートや、沢山のチェーン店をもつスーパーが、広大な駐車場と薄利多売の経営で、昔からその地域にある個人商店を脅かし、潰している。


 生前、「時代の流れだからしょうがないよ」と、禿げあがった髪の毛をポリポリと掻きながら、友三爺さんから引き継いだスーパー根津も俺の代で終わりだと、寂しそうにつぶやいていた。


 ただ大型のデパートや、中型のスーパーまで買い物に行けない、近所に住むお年寄りの為にと、親父はお袋とトヨさんと店を続けていた。


 近所のお年寄りからは最後の砦のような存在らしい。


 そのお年寄り達は売り場横のベンチに座り、毎日井戸端会議をしていたらしい。

 お年寄りからすればスーパー根津は、憩いの場でもあったようだ。


 そんな年寄りの憩いの場であるスーパー根津を支えていた、親父が亡くなって初七日が終わった。お袋も親父が無くなったショックで、店を再開する気力を無くしていた。


 スーパー根津も大黒柱である親父の死によって、ついに閉店かと近所で噂になっているらしい。

 

俺もお袋も言葉には出さないが、それも1つの選択肢だと思っている。どちらかが閉店しようと切り出せば、スーパー根津の歴史に幕が落とされるだろう。


 借金もあり、この先の経営も不安でしかない状況下では、店をつぶして土地を売り、借金の返済に充てた方がいいと思っていた。



 あの不思議な音を聞くまでは...。



 俺は親父の遺品や、また俺ら家族とは裏腹に、再開を待ちわびている店中の商品の整理をしていた。食品コーナーの霜取りや、2階の残りの洋服などの処分を行っていた。


 少し疲れたので今では使われていないゲーム機の横のベンチで、缶コーヒーをちびちび飲みながら一息ついた。


 「ふーこんなもんかな」


 スーパー根津の中でも特にこのゲーム機には思い入れがあり、これが無くなるのは自分の一部が無くなる様で、寂しい気持ちになる。


 でもしょうがないな。スーパーの経営自体もよくわからないし、特にこのお客さんが来ない店を継いでもまた借金が膨らむだけだ。


 それならこの広大な土地を売った方が、借金はおろかプラスになるかもしれない。売ってアパートでも建てようかな。アパート経営でもしてゆっくりと暮らそうかな。


 そんな時、窓の外の方から聞きなれない音がする。なんとも言えない心地のいい音というか、すごく気になる。何というか五感をくすぐられる感じがする。


 なんだ⁉あの音は。川の流れ?鳥の鳴き声?


 おいおいラジオでも地下室に忘れてきたか?


 一階で片づけをしていたお袋に、何か聞こえたか?と聞くと、「何言ってんだい。何も聞こえないよ」と言われた。


 いや聞こえた。それに無性に気になる。本能?何となく地下室の方から聞こえるような気がする。


 恐る恐る地下室に向かうと業務用として小ぶりなの保冷庫が置いてあった。


 この保冷庫から音が⁉ 


 昔から置きっぱなしの動かない保冷庫。外見はいたるところに傷やへこみがあり、またサビだらけであった。


 お袋に言わせると、もうかれこれ30年以上も前から放置されているらしい。なんでも親父の親父、つまり俺の爺さんである友三爺さんが、この保冷庫は必ず残すようにと念を押して死んでいったらしい。なんでもこの保冷庫が、必ず役に立つ時が来ると言い残して。


 ただその友三爺さんが亡くなった後、俺の親父を含めた兄弟一同が、保冷庫に大金でもしまってあるんじゃないかと冗談半分で調べたが、何も出てこなかったと親父が生前に教えてくれた。


 じゃぁ単なる壊れた保冷庫だから邪魔だし捨てようかと、親父もお袋たちも思ったらしいが、友三爺さんの捨てることを禁止するという言葉が怖くなり、そのまま地下室に放置しておいたらしい。


 その俺の爺さんが死ぬ間際まで気にした保冷庫の中から音がする。また隙間からは、まばゆい光が漏れ出てている。


 俺は壊れた保冷庫の取っ手を、何かに促されるように両手で思いっきり力を入れて開こうとした。しかし開かない、渾身の力を込めてさび付いた保冷庫の扉を強引に開けた。


 「がガ、ガガ、ガガ、ガ~」とさび付いているだけに、やたらと大きな音をたてながらゆっくりと扉が開いた。

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