創作怪談 ツチノコビーム

雲峰くじら

創作怪談 ツチノコビーム

 昼の日の高い時間なのだろう。明暗の差にカメラが対応しきれないのか、たまに映像が真っ白になる。背の低い雑草が生い茂った地面が流れていく。時折画面の下端にスニーカーの爪先が映る。画面が大きく横に振れると、密集した笹のような植物とそれを静かにかき分ける手が見えた。撮影者は雑木林の藪の中を進んでいるようだった。

「おったおったおったおった」

 ぼそぼそと呟くような声が入ってくる。

 撮影者は立ち止まったようで、映像が安定する。カメラが地面のある一点にフォーカスした。撮影者の立ち位置から数メートル先、何かを引き摺ったように雑草がなぎ倒されている。

 その中心に落ちている物がある。はじめは小動物の死体のように見えた。丸みを帯びた体から尻尾らしきものが出ているからだ。

「やばい、やばい」

 小声で囁くそんな声と、荒い息遣い。

 撮影者は静かに落ちている物に接近していく。

 カメラが近距離からそれを捉える。

 動物の死体にしては妙だった。

 黄色の中に黒い横縞が入った楕円形の体。そこから一本の尖った尻尾が伸びている。全体的に扁平で、どこか海洋生物のエイを思わせる。質感は映像越しでは曖昧だが、鱗の表皮の上に薄く体毛が生えているように見えた。

 カメラはそんな「死体っぽいもの」の全体を舐めるように捉えていく。

 藪をかき分けてきたせいか、撮影者の呼吸は荒いまま落ち着かない。

 はあ、はあ、と喘ぐように呼吸している。

 と、映像の中の「死体っぽいもの」の尻尾が動いた。ぐねぐねと波打つ様子は蛇のようだ。

 撮影者の「ああっ」という声がして画面が乱れたかと思うとそのまま暗くなり、映像は途切れた。


 送られてきた動画はこんな感じです。そっすね。携帯で撮ったのそのまま送った感じだと思います。

 でまあ、このタケダっていうのは職場の先輩なんですけど、突然これだけ送ってきて。

 遅い時間だったんでその日はいいやってなって。どうせ次の日会うから。

 で、次の日の朝ね。職場のロッカー室で会ったんで、訊いたんですよ。あの動画なんですかって。そしたらタケダが言ったんですよね。

 なにって、ツチノコじゃんね。

 はあ? って感じですよね。でも確かに映像の内容を思い返したら、ツチノコっぽかったような気もする。気にならなくもないから、俺もちょっと掘り下げる気になって。え、で、どうしたんですか、ツチノコを。って訊いて。

 惜しかったけど、逃げられた。あいつ、反撃してきたから。

 タケダがそう言うんです。で、制服のシャツをちょっとまくり上げて、脇腹のとこ見せてきたんです。したらそのだらしない腹のヘソのちょっと横に、丸い痕がついてるんですよ。脂肪吸引のカップあてたような……あとお灸? そういう感じに近いような、ね。

 え、これ噛まれたってことですか。そう訊いたら、タケダが言ったんです。

 いやいや、ちげえよ。撃たれたんだよ。ビーム撃つんだよあいつら。


 いや、ですよね? 笑いますよね? 俺も笑ったんですよ。さすがに。ツチノコにビームで撃たれたって、いや、いやいや、って。

 そしたらタケダがちょっと仏頂面みたいになったんで、え、マジで言ってんのかコイツ、って引きながら訊いてみたんです。あれどこで撮ったんすかって。

 そしたらもう始業の時間過ぎてて、タケダは質問に答えないまま仕事に行っちゃって。まあ手の込んだ冗談くらいにしか思わなくて、その日はもうその話蒸し返すこともなくて。

 でもこんだけ手の込んだことして俺だけに見せて終わりって、寂しくないかな? って思って、次の日の朝にまたロッカールームでね、アサノ──これも同僚ですけど──を引っ張ってきて、タケダさん、こいつにもあれ見せてやってくださいよ、って。俺としてはタケダをヨイショするつもりでね。

 そしたらタケダが左右をチラチラ見てから服をまくり上げて。

 その腹見て、俺、えっ、てなっちゃって。

 あの痕のついてた場所、窪んでて、二個目のヘソみたいになってたんです。というか、本来のヘソよりちょっと大きい。腹の形が変形しちゃってて気味悪いくらい。

 したら、え、これなんすか、どうなってんすか、って言いながらアサノが屈みこんで間近でその窪みを見始めたんです。

 俺が、タケダさん、ツチノコにビーム撃たれたんですよね? って言ったら、タケダは、いや、バスターよ、ツチノコバスター。って言って。いやいや、昨日はビームだったじゃねえか。設定ブレてんじゃねえか。思いながらアサノの様子を窺うと、アサノ、一言ぼそっと言ったんです。

 えっ、これ、向こう側見えてます?

 俺、一瞬、どういうことか分かんなくて。えっ? て、感じで、アサノに横に退いてもらって俺もその窪み覗いてみたんです。そしたら、確かに一円玉くらいの大きさの穴が貫通してる。腹のトンネルの向こうにロッカーの扉の取っ手が見える。

 えっ?

 って感じですよね。もうマジマジと覗いちゃって。

 そしたら、穴の向こう、その見えてるとこにすっと入ってきたもんがあったんです。

 人間の目でした。誰かが向こう側から覗いてる。

 目が見える直前に黒い髪の毛がササッと横切ったのも見えて。目のまわりは皺が濃くて、肌は灰色っぽくて、その目と自分の目が合ったっていう強烈な感覚があって。うおっ、て言いながら穴から顔を離して、同時に頭の中では、アサノがふざけたんだろうな、と思ったんですが。

 アサノは俺の横にいました。それにタケダのすぐ後ろ、ロッカーで、人が入れるような隙間、なかったんです。


 それが金曜の話で、週開けて月曜だったんですけど。

 タケダ、仕事来なくて。連絡もつかないぞって話になって。俺よりも古株だったんで、四年以上やってたはずなんですけど、バックレたくらいの感じでそのまま有耶無耶になっちゃって。まあ所詮は非正規だからってことなのかな。


 で、それから半年ちょい経って、年明けてしばらく、くらいのことですよ。

 うちのポストに茶封筒が入ってたんですよ。中が透けないような厚めのやつで、汚ったねえ字で宛名が書いてあって、確かに俺の名前だったんですけど、漢字間違ってて。「国」と「図」って普通間違えねえと思うんだけど。あと様とかなくて、呼び捨てみたいになってるし。

 消印も切手もなくて、だから直接ポストに入れたのかな。でも手書きの宛名だからDMって感じでもない。で、差出人書いてるかなと思って、裏っ返したんですけど、書いてなかったんですよ。ただ、その代わりにまた汚ったねえ字で一行、書いてあるんです。途中で文が曲がってるし、下に行くにつれ字が小さくなってて、線もガタガタで、幼稚園児が書くような字なんですよ、それが。

 そういう下っ手クソな字で、書いてあったんですよ。

 ツチノコインフェルノって。


 ちょっとゾワッて感じはあったんですが、やっぱ気になって、あともしかしたらタケダからか? ってのもあって、いやタケダは俺のうち知らねえはずんだけども。

ともかく封筒の上の方をこうハサミで切って、中を見ると、二つ折りの紙が一枚入ってたんですね。

 それが封筒のちょっと奥に入ってる上にうまいこと引っ掛かってて、なかなか取れなくて。逆さにして振ったら落ちてきて、畳んだ外側が上になって床に、パサッと。それ見て、これ写真の裏面だなと。あの写真屋さんのロゴが入ったやつあるじゃないですか。あれだったんで。何の写真だよと思って拾って開いて。

 したら、ボッコボコに殴られた男の、首から上の写真だったんです、それ。

 口も鼻も目も血出てて、頬とか腫れて青黒くなっちゃってて、顔の左右のバランス崩れるくらい変形してて。まぶたなんかも、目開かないだろうなってくらいパンパンで。頭は乱暴に剃られたみたいで、道路の隙間から生える雑草みたいに毛が束で残ってました。

 もう、すぐ捨てました。うん。気持ち悪くて。


 うーん……。それが、タケダなのかは分かんないんですよね。状況的にはタケダなのかな? って感じは確かにしますけどね。髪の毛ねえと人の顔って印象変わるからなあ。

 まあそんな感じです。そこで終わり。家ですか? 今でも住んでますよ。さすがにやべえかなと思ったけど、そのあと特になんもなかったんで。

 ……いやしかし、どうなんですかね。いやそこじゃなく。なんつーか納得できねえなって感じなんですよ。やっぱこればっかは、どうしてもね。

 ねえ、どうなんすかね。どう思います?

 ビーム撃ちますかね? ツチノコって。

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