第20話 何も出来ないから、信じている
とある夜、内裏の置かれた都の中に位置する山の中で幾つかの影が
「この先ですか?」
「気が早いぞ。この先、滝の裏に開かれた洞穴の奥だ」
「承知致した。……全く、動かないのが幸いだな」
「暴れたら、また気を失わせれば良いだけの話では? 殺さなければそれで良し、なのでしょう?」
ころころと笑う声は、年若い女のもの。
女に笑われ、男は鼻を鳴らした。憮然としたらしいが、もう一人の男に一睨みされれば黙るしかない。女もまた同様である。
「お前たちは賑やかで良いが、今は人目につかないことが優先されることを忘れるな」
「申し訳ありません」
「
「ならば、黙って歩け」
大柄な男に叱責され、二人は子どものように縮こまる。そして互いに睨み合うと、男の跡をついて歩き出す。
ザクザクという三人分の土や落ち葉を踏み締める音が響き、それ以外の音は息をひそめたようだ。月明かりしかない闇の中、先頭を行く男は水の流れる音を耳にして立ち止まった。
徐々に大きくなるそれに導かれるようにして進めば、目の前に見上げる程大きな滝が姿を見せる。
「行くぞ」
滝の見事さに見惚れることもなく、男たちはさっさと滝の裏側へと進む。その途中で激しく流れ落ちる水に体を濡らすが、誰一人として声も出さない。
洞穴を進むこと、しばし。水の流れる音が遠退き、代わりに深淵のような静けさが訪れる。ただし水の気配は濃くなる一方で、誰かを担いだ男は、目的地が近いことを知った。
「……
「はっ」
鞍佐と呼ばれた男は、肩に担いでいたそれを地面に下ろす。固い地面に転がされたのは、気を失ったままの少女だった。かつては真っ白であったはずの単は薄汚れ、艶やかさを失った長い黒髪が彼女の顔にかかる。
少女の傍に膝をついた女が、少女の顔が見えるように前髪を払い除けた。すると可愛らしくも苦悶を浮かべた寝顔が露わになる。
例えどんな悪夢を見ていようと、三人には何ら関係のない話だ。無感情に少女を眺めている。
「起こしますか、雷雲様」
「そうだな。そろそろ始めなければ、間に合わない」
雷雲と呼ばれたのは、鞍佐と女に指図していた大柄の男。彼はとある貴族に頼まれ、鞍佐たちと共に少女をこの場所へ連れて来た。
許しを得た女は、少女の肩を雑に揺する。おい、とドスの聞いた声をかけながら揺すり続けると、少女の瞼が震えた。
「ん……」
「起きろ、月草。いや、清姫となるべき娘か」
「なるなんて、わたしは一度も言ったことがないですよ。……ここは、何処ですか?」
「……お前の気持ちなど、誰も聞こうとは思っていないさ。お前はただ、主の言うことを聞いて身代わりとして死ねば良いのだから」
「……っ」
くすくすと声を潜めて笑う女たちを睨み付ける月草だが、その瞳に力強さはない。短くない時を狭く暗い場所に押し込められ、毎日のように自宅に帰れない現実に打ちひしがれて来た。それでも、何度「誰も助けに等来ない」と言われ続けても、月草は心の中でわずかな希望を持ち続けている。
(話を聞く限り、年明けの儀礼直前しか好機はない。例え一人だとしても、必ず逃げて見せる。でももし、届くなら……)
背中側手首を縛っていた縄が解かれ、月草は半ば押し出されるようにして泉に体を浸す。冷たい水の感触に身を震わせ、急速に冷えていく体を自分の手で抱き締めた。
「何を……」
「――お前は、この場所で
「案じなくても良いわ。私たちが、貴女を見事に清姫にしてみせるから」
「……っ、真兎」
唇から零れ落ちたのは、いつも一緒にいた大切な人の名。名を呼べど届くはずもないが、月草の気持ちを何とか繋いでいるのが彼の存在だった。
(届くのなら。真兎……助けて)
月草の頬から、水滴が滴り落ちた。
「……月草?」
同じ頃、月花は一人
夜風が頬を撫で、月花はふと思い浮かんだ幼馴染の少女の名を呟いた。
手元の巻物には、天狐が上位の神より授けられた地上の国を不思議な力で整えていく
それだけではなく、天狐が踊れば風が生まれた。天狐が泣けば雨が降ったという。
(俺は、幻さえも見ているのか? なかなかだな)
月花が目で追っているのは、天狐同様に神によって地上に遣わされた龍が己に任された土地の国作りに失敗し、天狐の国を奪ってしまおうと画策しているところだ。最終的に天狐は龍に国を奪われ、封じられて歴史からその存在を消される。
しかし、そこまで読んでいたら夜が明けてしまう。月花は夢の中で天狐に会えることを願いつつ、
「必ず、取り戻す。信じていてくれ、月草……」
巻物はきちんと唐櫃に仕舞ってある。
明日こそは、月草に一歩でも近付く。明かりを吹き消し、月花はゆっくりと夢の世界へと誘われていった。
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