第2話 完璧美少女に勝ってしまった… その2

 それから約一か月がたった。


 宏太朗はほんとにやばかったらしく、かなりまじめに勉強していた。

そこまで真面目にされるとこちらも遊ぶわけにはいかず、俺は人生初の「テスト勉強」なるものをすることになった。

 …が、


 (こんなことになるならテスト勉強なんてやらなければよかった…)



 そう、このテストで俺はあの望月さんに勝ってしまったのである。


 

 (教えると知識が定着するなどとは聞いたことがあったが、ここまで上がるか?)



 正直予想外の出来事であり、安泰に学生生活を送りたかった俺にとってはかなりの誤算だった。



 (勘弁してくれよ…)


 もちろん、一位を取ったこと自体に嬉しいという感情はある。


…が、その反動が大きすぎた。


 


 「おい、あれ見ろよ」

 「嘘だろ、あの望月さんが2位なんて」


 望月結唯が学年1位の席を失ったというニュースは学年全員を驚かせた。


 「1位のやつ誰だよ」

 「ほら、あいつだよ。いっつも授業中寝てるやつ」

 「あー教室の隅っこで藤村と話してるやつか」

 「なんであんな奴が」



 (…すいませんねー陰キャで)


 クラスメイトにすら覚えられているか怪しかった俺の名前は、学年全体に知れ渡ってしまった。




 「いや~まさかほんとに1位とっちゃうとはね。まあ俺は信じてたけど」


 「なんだよそれ気持ちわりいな」


 宏太朗だけはいつも通り話しかけてくる。

いつもはうざったく感じることもあるが、正直今は周りからの視線が痛かったのでありがたかった。


 「もしかして俺、教えられる才能あったんかな」


 「教えられる才能ってなんだよ…」


 「ははは。…まあそれにしても嫌われ者になっちまったなあ」


 「…おかげさまでな」


 真面目で完璧、男子からも女子からも羨望の的であった望月結唯に、こんな不真面目オタクが勝ってしまったのである。

学年で遥の味方をするものは友人である宏太朗以外いないだろう。


 実際、これだけ注目を集めているにも関わらず一人も話しかけてくるものはいなかった。



 「まあ次回また定位置に戻れば俺のことなんてみんな忘れるだろ」


 「そうか…。遥らしいっちゃ遥らしいな。俺は遥がまた1位を取って、周りでごちゃごちゃ言ってる奴らをぎゃふんといわせて欲しかったけど」


 「はは…ありがとよ」


 宏太朗は優しいやつだ。友人がディスられているのが気に入らなかったのかもしれない。



 「…それにしても、1位を逃しただけでこれだけ騒ぎになる望月さんってほんとにすごいよな」


 「そうだなあ…。

まあ俺からしたらその望月さんにさらっと勝っちゃう遥も遥だと思うけどね」


 「おい、これ以上反感を買うことを言わないでくれ…」




 だが実際、望月さんの努力は想像を絶するほどのものだろう。

全国大会に出られるほどの部活の後に、学年1位を常に維持できるほどの勉強をしているのだ。

怠惰を極めたような俺と比べると一目瞭然だ。只々頭が下がる。


 俺にそんな望月さんを退けてまで一位になろうという思いはさらさらなかった。




 そんな学年中で話題になっている望月さんは、こんなこと気にもかけずに今も平然と授業の予習をしている…と思ったのだが、望月さんの方を向くと目が合った。そしてその瞬間、ふいっと目をそらされてしまった。


 …なんでこっちを見てたんだ?


 「望月さんってたまに遥のこと見てる気がするんだけど」


 「え?まじで?俺なんかしたかなあ」


 「俺に聞かれても…」


 心当たりは全くない。話したことすらほとんどなかった。


 「やっぱ寝たりしてるの不快なのかな…」


 「あ~そうかもな。望月さん真面目だし」


 望月さんは典型的な優等生だ。大人しいので授業中発表などはしないものの、すべてのことを隙なくこなしていた。そんな望月さんからすると、不真面目な俺は不快だったのだろかもしれない。

ましてそんな奴に一位を取られたらこちらをにらんでくる気持ちもわかる。


 (誰にでも優しい完璧美少女様に嫌われるのはショックだなあ…)


 他人の評価などは基本的には気にしないようにしているのだが、あの誰にでも愛想のいい望月さんに嫌われたとなると流石に思うところがあった。



 …でも、朝睨まれていたことなんて序の口だった。結局この日は一日中見張られていた。授業中や休み時間も教室でずっと見られていたかと思えば、挙句の果てにトイレにまでついてきたのだから驚きである。(もちろん中には入ってきていないが)


 まあ俺には望月さんに指摘するだけの勇気もコミュニケーション能力もあいにく持ち合わせていなかったし、クラスメイトの評価が最悪の俺が孤高のお姫様たる望月さんに話しかける、なんてことになると命に危険がおよびそうだったので気づいていないふりをしておいた。






 「じゃあまた明日な」


 「じゃあ」


 こうしてようやく下校時間になった。


 正直俺は望月さんから解放されることに安堵していた。

明日も続くようだったらさすがに文句を言ってやろう、そんなことを考えながら帰宅していると、俺は絶句した。




なんと、俺の家の玄関の前には望月さんが立っていたのだから。

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