一文字の物語

淡雪

第1話一本針


 今日は朝から珍しく、呂望 《リョボウ》は西岐サイキ城の城主である、姫昌 《キショウ》に献上する魚を釣る為に、近くの川へと出掛けた。


 ここは後に“渭水イスイ ”と呼ばれ、彼と西岐 《サイキ》国の当主である姫昌 《キショウ》と出会った場所とされている、歴史ある場所となる。


 さて、釣りを楽しむ為に来た呂望リョボウであったが、何故か出てくるのは軽い口ばかり。


 どうやら、気に食わないことが、彼の身に起こったようだ。


 しかし、よくよく聞いてみると、怒りまで感じるような愚痴ではなさそうである。


呂尚ロショウめ、このわしが本気を出せば、魚など大量に釣れるというものよ」


“ギャフンと言わせてやる!”と、呂望リョボウは文句という名の愚痴を吐きながら、魚達が群がっているであろう場所を探した。


 ヨウヤく見つかった釣場に腰を下ろし、釣りの仕掛けを作ろうとする呂望リョボウ


 出掛け際に笑顔の呂尚ロショウに手渡された、釣り道具が入った箱の蓋を、何気なく開けてみる。


 その途端、彼の顔は一瞬で青くなり

「やられた……」

と、困惑した表情で呟いた。


 その頃の呂尚ロショウは、何故か満面の笑みを浮かべて、部屋にあった図鑑を読んでいた。


 その図鑑の内容が楽しいというわけではないらしく、思い出しては笑っているようである。


その姿を、端から見て不思議に思った、姫昌キショウの4番目の息子である姫旦キタン

「どうかなさいましたか?」

と、落ち着いた口調で訊ねた。


「うん、あのね」


 そう返事をした呂尚ロショウは、図鑑を床に置き、にやにやしながら口を開く。


「先日、桃源郷で仕入れたトマトっていう野菜の苗の一つを、呂望リョボウさんが誤って折ったのに、謝らなかったから」

「それで?」

「それで、今日釣りに使う針を全部真っ直ぐに伸びた針と交換してあげたんだ!」

「それでは魚は釣れませんね……」

「因みに、餌は小さいミミズだよ」

「ますます釣れませんねぇ……」


 聞かなければよかったと、眉をひそめてそう答える姫旦キタンを見てから、呂尚ロショウは何度目かの満面の笑みを浮かべた。


やっちゃったら、取り敢えず謝っておいた方が良いというお話。


お仕舞い


イメージした漢字:一


令和4(2022)年12月11日8:53~9:15作成

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