赤髪の花婿・10

『太守さま! 私の体に足を乗せないでください!』

『はは、いいだろ。こうしてると安心するんだ』


寝台の上で逃げようとする青明に、じゃれるようにしつこく足を絡める。やめろと言うなら、青明こそ本当に振り払えばいいのだ。


『意味が分かりませんよ……それ以上くっつかないでくださいね』


そう言われながらも、赤伯はその体を抱き寄せて、どこもかしこも触れ合わせる。


『もう、知りません。寝ます』

『おい青明、せーいめーい』


嘘寝をする青明に構われたくて、わざとらしく名前を呼ぶ。それでも、青明は涼しい顔をして瞼を閉じていた。


『そっちこそ、もう知らないからな……』


赤伯は顔を傾けると、嘘寝令息の――唇に触れたのだった。


「っ……!」


自分の行動に驚いた赤伯は、慌てて体を起こす。しかし、そこに青明はいなかった。

天蓋の幕が落ち、薄暗い一人きりの寝台を認めて、赤伯は深く息を吐いた。先ほどの出来事はすべて、夢想の産物のようだ。


「……そっか……俺って、……青明のこと、好きなんだよな」


ぽつりと、自然と言葉が零れる。始めから分かっていたかのような、安らぎが胸に広がる。


はじめはきっと、支えてくれる頼もしさが心地よかった。窘められることさえも嬉しくて――けれどいつの間にか、共に在ることを心の底から望むようになっていた。


その感情を突き動かす言動の心がなんなのか、今の今まで分かっていなかったのだが。


「青明……」


窓を見ると、朝焼けが広がる夜明けだった。

太守としての一日が始まる前……翠佳が起こしに来る前に、この気持ちを彼に伝えなければならない。赤伯は寝巻の上に羽織を一枚だけかぶると、寝室を飛び出した。


門に向かって駆け寄ったところで、ふと人の走る音が背後に聞こえた。当直の見廻りか、とそちらを向く。


「ん?」


その視線が捉えたものは、まったく予想外のものだった。よく見慣れた薄水色の紗の布がひらめいて、館の裏手に消えていったのだ。


「あれって……青明の?」


件の人が、常に肩からかけている、飾りの羽織布に相違ない。

しかしこんな時間の太守館、それも裏手の方に、用事があるとはとうてい思えないが。かといって、迷い込んだわけでも、自分に会いにきたわけでもないだろう。


(どうして? 青明、来てたのか……?)


不審に思っていると――まだ薄暗い庭に、悲鳴が響き渡った。それは甲高く細い女性の悲鳴だった。嫌な空気が一瞬で頬をなぶっていく。


赤伯はとっさに、声のした方へ駆け出した。


「――っ! 青明っ?」


太守館の裏手側、人の目につかないところに倒れているのは、現補佐である翠佳だった。

早朝に咲く淡い蓮の色をした衣が、まるで散った花のように見えた。


「なっ……! 何があったんだ!」


慌ててその影に駆け寄ると、翠佳はうめき声をあげる。額には汗がにじみ、いつもは綺麗に整えられている結い髪は解けかけていた。


「おい! 翠佳、なにが……」

「……太守、様?」

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