左遷太守と不遜補佐・24

「ああっ、勝手に入られては困ります!」


女官が何やら揉めているらしい。青明は戸に近づくと、怪訝な表情をして開いた。


「なにごとですか? 一体……うぐ」

「ああ! かわいいかわいい我が弟よ。大好きな兄さまのお帰りだよ」

「兄……っ?」


がたん、と音を立てて赤伯も立ち上がる。


「なるほど、君がこの都市を手懐けた左遷太守君、かな?」


青明を胸のうちに強く抱き締めたまま、珊瑚のような艶のある唇から問いを投げ掛けられる。


「んん……ぐっ、あに、さま……!」

「すまないね。久しぶりなあまり、手加減というものを忘れてしまったようで。痛かったかい?」


青明が確かに兄さまと呼んだ男は、希なる銀色の長髪をふわふわとなびかせて笑った。


「左遷太守君。僕は鈴紫明りん・しめい。まぎれもなく、僕が鈴氏の長男だよ」


吸い込まれるような紫色の瞳。

端は少し垂れているが、右目の下に浮かぶほくろが艶やかで、出で立ちの雰囲気はどこか青明に似たものを感じた。


しかし青明に兄がいたとは、一言も聞いたことがなかった。


そもそも鈴家の長は青明なのだから。


「ふふ、青明もしっかり驚いているね。そう、僕は異国の文化を学ぶのが好きでね」


言われてみれば、彼が着る装束は、このあたりでは見たことがない。

胸の中央で袷を留めた白い上衣に、脚にぴったりと吸い付くような細い穿き物。腰には装飾品のようなものをじゃらじゃらとぶら下げている。


「しかし……あちこちを巡っているうちに金が尽きてね。こうして帰郷をした次第だよ」


何も悪びれる様子もなく、飄々と彼は語った。

その手振りも、どこか大げさで芝居を見ているようだ。


「兄さま、おじいさまは……もう、あなたが戻られないとばかり」

「そうだね。おじいさまのお説教も食わないといけないな。青明も一緒に受けようね」


青明の兄――紫明はこれでもかというほど、青明を抱きしめたり撫でまわしたりと忙しない。

赤伯は、そんな鈴兄弟をただ眺めているしかできなかった。


「悪いけど、一度弟と帰らせてもらうよ」

「あ、兄さまっ、わたしは……!」


手を強く引かれ、足を踏み出した青明の戸惑う顔が、閉じられた戸に消えていった。


……それから、太守の身の周りが変わることに、さほど時間はかからなかった。


青明が家長と補佐の任を、紫明に返したのだ。


鈴氏の正統な次期家長は長男の鈴紫明だった。となれば本来、家長そして太守補佐の任は彼が担うものである。

青明は一時的に、兄の替わりを託されていたに過ぎなかったというのが、真相であった。


「これからよろしくね、左遷太守君」

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