左遷太守と不遜補佐・19

そこに手を差し伸べたのが、『太守サマ』だった。


幼い赤伯にとってはただの偉いおじさんとしか認識できていなかったが、その人は赤伯の父に宿屋を営むことを提案した。


宿屋の体制をとるまでも、もちろん苦労は続いたが、お陰で彼ら一家は立ち直った。


「俺の家だけじゃない。隣の家も向かいの家も、どこの家も……生活に困ると、太守サマに相談したんだ。そして助けてもらった」


その度に太守は提案と知恵を民に授け、彼らが自立するように見守った。


よき統治者であり、指導者であり、まるで民の父のようだった。


「……姉さんが婿をとると決まって安心した俺は、もう十五になってた」

「それで、訓練兵に……」

「そう。国に仕えれば、それはそれで安泰だしな」

「……その太守さまとは、お話を?」

「ああ……俺が訓練兵として都へ旅立つ日に、亡くなった」


言葉を出そうとしたが、出せないままに、青明はついに赤伯の顔を見た。

しかし彼は青明を見やることなく、広がる夜空から目を離さなかった。


「旅立ちの挨拶はできたんだ。それで充分だったよ」

「太守さま……」


今、呼び掛けたのはどちらの『太守』だろう。しんとした星空に、一筋の光が走った。


「最期も立派でさ……」


これ。と赤伯は指先で耳をなぞると、金の飾りを外して、ようやく青明を見る。焚き火の明かりを反射した耳飾りは鈍く輝いた。


「遺品の解放までしたんだぜ。俺がもらったのは、この『お守り』だ」

「本当に……ご立派な方だったのですね……」

「だから俺は、……俺がしてもらったことを、俺らしく返していきたい。あの人の猿真似じゃなくて、俺らしく」


……そのためにも、農場開発の策を進めなければ。人が住み、通い、生き生きと働ける場所を……。


「! ……青明!」


ぼんやりと、しかししっかりと考え始めた刹那、赤伯の皮膚に嫌な気が走った。瞬間的に体が反応し、素早く体を起こすと青明を左側に抱きながら、右手にくわを握った。


「た、太守さま? なにが……」

「悪い、囲まれた」


それと同時に、人影が差し込んだ。

五人ほどだろうか、いわゆる賊と呼ばれる流れ者が若い主従を取り囲んでいた。


「おい兄ちゃんら、身ぐるみ剥がされるか、大人しく置いていくか選びな」

「さっさとしないと痛い目見るよ」


流れ者に男も女もなく、それぞれの声が脅しにかかった。


青明が簪にそろそろと手を伸ばす。これなら、相手は荷を置いていくと勘違いするはずだ。

しかし青明の簪は鋭い刃物も同然。彼は賊に応戦するつもりで、手を伸ばしていた。


「やめとけよ」


しかし、抜き取ろうしたところで赤伯が力強く手首を掴む。

意思は伝わったようだが、なぜ止めるのだろう。まさかこのまま大人しく荷物を置いて逃げるつもりなのか。

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