第4話 第一印象は最悪
「グランテーレ国から参りました、クリスタル・グランテーレと申します。不束者ではございますが、なにとぞよろしくお願いいたします」
私は緊張と恐ろしさゆえに、当主の顔もしっかり見ない内に顔を伏せて礼を取った。挨拶を終えても頭に重くのしかかる雰囲気に気圧されて、礼を取ったまま顔を上げることもできない。
そんな私の態度に苛立ったのかもしれない。当主と思われる低い男性の声が降ってきた。
――しかし。
私は彼の言葉を理解することができなかった。
国によって言語が違うということは、知識としては持っている。しかし国二つ隔てただけなのに、これほどの違いがあるというのだろうか。祖国を出る時にはそんな話も聞かなかった。今、私はどういった対応をすればいいのだろう。
強張った顔を伏せたままの私に対して、彼は先ほどと同じと思われる言葉を投げかけてきた。
顔を上げて良いのか悪いのか、私にはそれすらも分からない。なおも頑なに態度を崩さない私に、今度は別の言葉を口に出す。先の言葉とは抑揚というか、言語の雰囲気が違うような気がする。けれどやはりその言葉も私には理解できなかった。
すると重いため息をつかれたかと思うや否や、自分の肩がつかまれるのを感じた。私は恐怖でとっさに顔を上げてしまう。
目に入ったのは、青みがかった銀色の髪を持つ端整な顔立ちの男性だった。
戦いに身を置くことを好む邪神のごとくだと聞いていたので、もっと燃えるような赤い髪で屈強な強面の方だと思っていた。ただし目は冬の厳しさと冷たさを彷彿させる青い瞳で、私に向ける眼差しは鋭い。それだけで人を萎縮させるのには十分だ。
私の表情に怯えの色が出ていたのだろうか。彼は私から手を離すと、面倒そうに横を向いてため息とともに前髪を掻き上げた。
第一印象は最悪といったところかもしれない。
当主と思われる彼は、横に控える品格のある年輩の男性、侍従だろうか、彼に指示を出した後、踵を返して中に入ろうとした。しかしその男性に何か言われたようだ。渋い表情で私に振り返ると。
「レイヴァン・シュトラウス」
と告げた。
会話の前後は分からないが、嫁ぐ相手の名を知らされていたので、自己紹介を受けたのだと気付いた。レイヴァン様は、それだけ述べたら私が反応する前に今度こそ玄関から屋敷内へと一人入ってしまう。
狼狽していると、年輩の男性が一歩前に出てご自分の胸に手を当てた。
「モーリス。モーリス」
二度同じ言葉を繰り返す彼に従ってモーリスと呟くと彼は頷いた。彼の名はモーリス。モーリスさん。
続いて侍女と思われる二人の女性が私に近付いてくる。貫禄がある茶色の髪の女性はローザ、淡褐色の毛の若い女性はミレイと、モーリスさんにならって言葉を繰り返して自己紹介してくれた。
当主であるレイヴァン様の真意は分からない。しかし侍従さんや侍女さんを伴って出迎えてくれたところを見ると、今すぐ私を追い出しにかかろうとしているわけではないようだ。ならばできるだけ迷惑がかからないようにしよう。
屋敷に足を踏み入れると、両脇に多くの侍従さんと侍女さんたちが出迎えてくれた。
ぎこちなくご挨拶して視線を前に戻すと真っ先に目に入ったのは、中央にある大きな階段だ。私室は二階にあるようで、先導してくれるローザさんとミレイさんの後に続いた。
階段には花の模様が中心に描かれた絨毯が敷かれており、植物を模した文様の重厚感のある手すりで両脇を固めている。私は艶めく手すりを見つめながら上る。言葉が通じないのでお二人とも無言だけれど、時折振り返って私の様子を窺ってくれているように思う。
階段を上り切ってしばらく廊下を歩いた後、二人が足を止めた。ローザさんが扉を開放し、中へどうぞと案内している仕草を見せる。ここが私の部屋のようだ。
配色や装飾自体は控えめだけれど、部屋はかなり広く、窓も大きく取られているため太陽の光が入って明るい印象をもたらす。生活に必要な調度品も揃っているようだ。ベッドは見当たらないのでここは居室で、扉の向こう側が寝室になっているのかもしれない。
私にはこれらの調度品が一般と比べて普通なのか、それとも高級品なのかは見当がつかなかったものの、すべてにおいて手入れが行き届いているところを見ると、家に仕える方々はそれぞれ職に誇りを持っていることが分かる。たとえそれが望まない相手のためだったとしても。
「アメースクリスタル」
私の名の前に聞き慣れぬ言葉が付いている。敬称なのだろうか。妻として入ったのだから、その言葉は『様』かもしれない。
振り返るとローザさんが手のひらをソファーに向けているので、そちらへと誘導したいようだ。私は素直に従うとミレイさんがお茶とお茶菓子を用意してくれた。
香り高く、赤みの強いこのお茶はどこの物なのだろう。お茶菓子も今まで固いクッキーしか食べたことがなかったが、これは柔らかそうな見た目をしている。
まじまじと見つめていると横からの視線を感じてそちらに目を向ける。私を見ていたのはもちろんローザさんとミレイさんだ。ただし彼女らは目が合うとすぐに私から視線を外した。
もしかして毒が入っているのではないかと、私が警戒しているとでも思ったのだろうか。私は敵意がないことを示すために、慌てて手を伸ばすとカップを口に付けてお茶を流し込んだ。――が。
「っ」
渋い。とても渋い。喉に引っかかってむせそうだ。
国や地域によって好む食べ物も味付けも異なると言う。この国ではきっとこれが普通なのだろう。もし飲まなければ、この国のものは口にしたくないと拒否しているように見えるかもしれない。
一気に飲み込むべき?
と、その時、横のお茶菓子に目が行った。
そうだ。一旦お茶を置いてお茶菓子を頂こう。きっと甘いはずだから口に含んだ状態でお茶を流し込めばいい。
そう思ってティーカップをソーサーに戻そうとしたのだけれど。
――カチャン。
気を取られるあまり手が滑ってカップを倒して零したあげく、お菓子にも派手にお茶がかかった。
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