第38話 彼の矜持
しばらく撃ち合いが続いた後、2人は銃を構えて向かい合っていた。どちらも微動だに動かない。
膠着状態が続く中、先に口を開いたのはショウだった。
「さすがだよ、リュウジくん。ここまで僕を追い込むなんて。やっぱりきみには敵わないや」
ショウはそっと銃を下ろした。 一方のリュウジは鋭い目で銃を構えたまま言った。
「もう諦めるのか。その甘さがお前の弱点だ」
「その言葉、そっくりリュウジくんに返すよ」
ショウはにやりと笑った。
「何?」
「きみはあの時、僕を殺さなかった。何故だい? きみの腕なら簡単にできたものを」
リュウジは何も答えない。ショウは諦めたような笑顔を浮かべ、続けた。
「どっちにしろ、このままじゃきっと、僕たちは逃げ切ることができないだろうね。ならばここで僕を殺して、レイラだけでも助けてくれないか?」
リュウジは顔を顰める。険しい表情が一層と曇った。ショウは構わず続ける。
「きみとレイラが出会ったことは、何か意味があるはずなんだ。きみならレイラを任せることが……」
「ふざけるなっ!」
ショウに詰め寄り、拳銃を持っていない方の手で彼の胸ぐらをつかんだ。
「レイラを任せるだと? お前の気持ちはその程度のものか?」
2人は数10センチの距離で相対した。ショウは動じない。じっとリュウジを見据えて口を開いた。
「僕はきみを撃たない。絶対にね。いくら甘いと言われようが、撃たないよ。僕は今までどんな理不尽なことがあっても、絶対に人を殺さなかったんだ。殺人兵器として作られたけれど、まだ誰も殺していない。だから、これからも絶対に誰も殺さない。それが僕の矜持だ」
ショウは拳銃を放り投げた。黒い塊は平行感覚を失ったカラスのように宙を舞い、雪の積もった白い地面に落ちた。
「俺は警察官だ。指名手配犯であるお前を逃がすことはできない」
リュウジはショウから手を離した。数歩下がり銃を構えなおす。
「分かっているよ。知らない誰かに殺されるなら……きみがいいや」
ショウは降参と言わんばかりに両手を挙げた。
「その態度は信用ならないな。以前、降伏すると見せかけて、俺の気が緩むだろうと誘い出し、反撃した奴がいた。お前が望むなら、今すぐ叶えてやる」
ショウにもう一度、銃口を向ける。厳しい表情のリュウジとは対照的に、ショウは穏やかな顔で微笑んだ。
「人工的に造られた僕の力なんて、たいしたことないんだ。結局、何の役にも立たないよ。僕はきみになりたかったよ。きみのような強い人間に」
「俺は強くない。お前は誤解している」リュウジは即時に返す。
「きみは強いよ。そして、もっと強くなるよ。それが、遺されたリュウジくんの試練だ。人間である、きみのね」
「遺された、俺?」
怪訝な顔をしたリュウジにショウは黙って近づく。
次の瞬間、リュウジが構えている銃口に自分の身体を押し付けた。ショウは彼の右手を銃ごと掴んで引き金に親指をかけ、少しだけ身体を離して自ら引き金を引いた。
爆音と同時に、思わぬ反動がリュウジを襲い数メートル後ろに倒れた。撃たれたショウもあお向けに倒れこんだ。
ショウはリュウジの銃で己の腹部を撃ち抜いていた。雪の上に真っ赤な鮮血が滴り落ちている。
リュウジは立ち上がり、怒りと憐れみが混ざったような顔でショウを見下ろした。
「おまえ正気か? これは何の真似だ」
「これで……いいんだ。僕はこの先も……絶対に、誰も殺したくはない……だから……レイラを……頼む……」
リュウジは静かに首を振る。
「それはできない。レイラはずっとお前と共にいると決めているんだ。俺はあいつの意思を尊重する。すぐにお前の元に返してやるから、待っていろ」
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