魅える者

中今透

河童考

第1話 形代流し

形代かたしろと言ってね、この紙の人形が菜々美の分身になるんだよ」


 父親はそう言って、菜々美に紙の人形を手渡してきた。人形には、

『佐藤菜々美 九才』

 と不器用に書かれている。


「息を三回吹きかけて、それから体に撫で付ける。そうすれば、菜々美の胸にあるモヤモヤが人形に移るからね」


 半信半疑に人形に息を吹き込み、体を撫で付けると、するりと体から何かが抜け落ちた気持ちになった。


「最後に、人形を川に流して、それで終わりだ」


 菜々美は大事な宝物を手放す心持ちで、逡巡してから、人形を摘まんでいた指を離した。

 人形は指の皮を引き剥がすような感触を残して、水面に落ちた。

 水面に乗った人形は、川の流れに乗って進み、あっという間に姿を隠した。


「さあ、帰ろう」


 父親に手を握ってもらい、菜々美は川を離れた。

 川の近くに建つ、土砂で潰れた神社の横を通り過ぎて、長い石階段を降りた。


 鳥居を潜ろうとすると、後ろから微かに、子供の泣く声が聞こえた。

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