花丸
いつの頃からか、日々が同じ色をしていた。仕事をして、生活をして、たまに休んで、また仕事して。
仕事は嫌いじゃないし、やりがいも感じている。お給料も文句はない。人にも恵まれていると思うし、不満はない。けれどこのまま生きて、その先で何が得られるのか。得たいのか。このまま続けて、自分は何者かに成れるだろうか。ふとした瞬間に、そんな不安が頭をよぎる。
今日は半年に一度やってくる、上司との面談の日だ。普段の業務の困りごとや抱えている不安を共有し、改善に導いてもらう機会。自分はこれに何度も助けられているが、当面の懸念を払拭することがほとんで、将来、ましてや個人的な心配を露呈したことはない。でも、上司、こと先輩との付き合いも長いし、何を言っても本気で向き合ってくれると思った。いや、願った。
「先輩は、将来が不安になること、ないですか?」
手元のタブレットから跳ね上がる視線。淡く微笑みながらも真剣な眼差しだった。
「俺が『石橋を叩きまくって渡る』タイプなの知ってるだろ」
咄嗟に奥歯を食いしばり、笑いを堪えつつ「はい」と答えておいた。
「先行きが不透明なことは、悩むなという方が無理だろう。事前に備えたくても、備え方が分からなかったりするしな。俺の場合は、いくら叩いても絶対安全の確証は持てないって気づいたから、何事も今納得できる状態にしておけば、この先に繋がると思うようにしてる」
「でもそれだと、急な変化には対応しづらいですよね?」
「そうだな。難しいところだけど、そのときは俺なりに善処するし、もし上手くいかなくてもそれまでの頑張りが俺を裏切ることはないって信じてる。まあ、独りよがりだけど」
先輩は笑った。なぜか不思議と、応援に聞こえた。
「ライ」
「はい?」
「まずは今の自分に思いきり花丸くれてやれ。その根拠は俺が保証する。将来のことは適度に考えて、進みながら微調整することも不可能ではないと思う。ライ、自分の柔軟性には気づけているだろ」
温かい微笑みが自分を包んだ。
「不安になるなとは言わない。絶対大丈夫だと勇気づけてやることも出来ない。唯一出来るとしたら、ここにいることだ」
「……と言うと?」
「……意外と鈍いところあるな。まあいいや、一度しか言わないぞ」
「はい」
「ライが嫌じゃなければ不安な時は頼ってくれていいぞ。以上。終わり」
そそくさと立ち上がり席を立つ先輩。一瞬見えた横顔は真っ赤に染まっていた。
「あっ、待ってくださいよ! 聞き足りないんですけど!」
「ごめん次の会議あるから昼飯の後なー」
背を向けたまま軽く手を振り会議室を目指す背中に、大きな花丸を送っておいた。
今日のサンデビ〜前向きな日常〜 木之下ゆうり @sleeptight_u_u
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