第9話 令嬢が慎ましいなんて、誰が決めたの?③

そんなアレクの顔を見て

「アレク、心配しないで!マークの料理の腕は一級品よ!」

と叫ぶと、アレクは俯いたまま

「僕は……、食事に何度か毒を盛られたんだ。だから、素材の味が分からない料理は怖いんだ」

そう答えた。

フラソのゲームは、16歳の魔法学園入学から始まる。

だから、アティカスの過去の事はゲーム内では明かされない。

ただ、幼少期に母親が倒れ、その時に人間不信になる出来事があってから心を閉ざして生きて来たという設定ではあった。

誰も信じられず愛せない氷の王子を、ヒロインが明るくて優しい心で彼の心を溶かすというストーリー。

それが……、まさか毒殺されかかっていたなんて。

そりゃあ人間不信にもなるし、誰も信じられなくなるわよ!

私はそう考えたら辛くなり、ガシッとアレクの手を握り締め

「大丈夫よ!マークは食事に毒なんて入れないし、うちの使用人もあなたに危害なんて加えないわ!」

と叫んだ。

アレクが戸惑う顔をしているので

「毒を入れられる心配があるのなら、これから食べる寸前に私の食器とアレクの食器を交換しちゃえば良いのよ!」

名案とばかりに叫ぶと、マークが私の言葉を聞きながら

「フレイアお嬢様、その話を私の前でしたら無意味なんじゃ……」

と呟いた。

私がハッとして

「本当だわ!マーク、今の話は忘れて!」

そう言うと、アレクが呆れた顔をして私達を見ている。

私としては、うちの使用人達がそんな事を絶対にしないと信じている。

だから

「アレク。そうしたら毎日、私とマーク達が料理をしているのを手伝わない?」

と提案してみた。

「え?」

驚くアレクに

「まずはお試しに、一緒にパンを焼きましょう?」

そう言って調理台の前に引きずり込んだ。

するとマークがアレクを抱き上げて

「じゃあ、その前に手を洗わないとダメですね」

と、手洗い場に連れて行く。

「きちんと石鹸を泡立て、そう……手を綺麗にしましょう」

強引な私とマークに観念したらしく、アレクはされるがままになっていた。

そして調理台に来ると、マークに説明されながら生地を捏ねて形を作り、大きなオーブンに私達のパンをマークが入れて行く。

「焼きたてのパンはね、びっくりする程に美味しいのよ!」

焼いている間、オーブンの窓を覗きながらアレクに話し掛ける。

アレクは目をキラキラと輝かせ、オーブンの中のパンを見つめていて、その横顔は人気ナンバーワンなキャラだけあって本当に本当に……本当に可愛い!

「早く焼けないかなぁ~」

ポツリと呟いたアレクの言葉に、私とマークは顔を見合わせて微笑み合う。

来た時の無表情とは打って変わって、クルクルと表情を変えてオーブンの中を見つめている。

「お二人さん。オーブンの中を見つめていても、パンが焼ける時間は早まりませんよ。何か飲まれますか?」

とマークに聞かれ、私はアレクの顔を見た。

「私はミルクティーが飲みたいけれど、アレク様はどうなさいます?」

と聞くと、アレク様は私の顔を見て頷いてくれた。

だけど、すぐに視線をオーブンの中へと戻してしまう。

ゆっくりと生地が膨らんで、こんがりとパンが焼ける匂いが調理場に漂う。

すると、隣のアレク様から『グゥ』っとお腹が鳴る音が響いた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る