第23話
駅までの下り坂を並んで歩く。
ぎこちなく開いた二人の隙間をツクツクボウシの鳴き声が騒がしく通り過ぎた。
背中に感じる太陽の光が裕作たちの前に2つの影を落とし、それに導かれるように黙々と歩を進めていく。
勢いで誘ったのは良いものの、何を話したらいいのだろう。
亜由美に投げ掛ける話題を探してあちこちの引き出しを手当たり次第に開けてみたのだけど、とうとう気の利いた話題を見つけることはできなかった。
よく考えてみたら俺はこの人の事を何も知らないな、と裕作は足元の石ころを蹴りながら思う。
ちょっと風変わりな依頼内容に変に興味をそそられてしまったあげく、今こうしてなぜか一緒に坂道を下っているけれど、そもそもこの人はただの依頼人だ。
記憶喪失になった以外のことは聞かされていないし、こちらから尋ねようにもどこまで踏み込んで良いのか分からない。
カツンとつま先に当たった石は当たりどころがいまいちだったのだろう、大きく軌道を外れて側溝に落ちてしまった。
足元まで手持ち無沙汰になった裕作は、仕方なく歩道と車道の間に規則正しく植えられた街路樹を数えながら歩いた。
イチ、ニイ、サン、シ。
11ぐらいまで数えただろうか、
「やっぱりご迷惑だったでしょうか」
という問いに、次の街路樹ではなく亜由美の方に目を遣る。
「え?」
「見ず知らずの方に突然変な依頼をしてしまった上にこうしてお食事までお邪魔してしまって、やはりご迷惑だったのではないかと」
迷惑、なのだろうか。
裕作は立ち止まって腕を組んだ。
これまで、平らな道を同じスピードで歩くように、海の中を波を立てずに泳ぐように、とにかく平穏に依頼をこなしてきたし、それが何より重要だと思っていた。
それなのに今回の依頼はでこぼこ道だし、バシャバシャ足掻かなければとても前に進めそうもない。
これを迷惑と捉えるならばそうなのかもしれない。
だけど——。
あれこれ考えている間に無意識に歩を進めていたらしい。
いつの間にか下りきって平らになった地面を靴裏に感じて振り返ると、11本目の街路樹のところで不思議そうに首を傾げる亜由美がいた。
迷惑、なのかもしれない。だけど、嫌ではなかった。
だからもう少し踏み込んでみようと思った。
「只野さんはなんで私のところを訪ねて来て下さったのですか?」
「なんとなく——」
「なんとなく、ですか」
ストンと落ちた裕作の肩に気づいているのかいないのか、亜由美は続けた。
「なんとなく、信頼できそうに感じたんです。こんな私の話を真剣に聞いてくださいましたし、それに」
「それに?」
「初対面の私の目の前で何やら秘密の作業をされていましたよね。だから、神田さんの方も私のことを信用して下さっている、少なくとも訳の分からないお客さんだとは思われていないのではないかと。——あ、私の目の前で、と言ってもちゃんと目は閉じていましたので、ご安心ください。何も見ていないですから」
亜由美の言葉にじわじわと腹の底をくすぐられる。
耐えきれなくなった裕作は思わず吹き出した。
「分かりました。私の方も只野さんとお話ししたいので、迷惑なんかじゃありませんよ」
亜由美が坂を下ってくるのを待って、また並んで歩き出す。
さっきまで心許なかったぎこちない隙間と気まずい沈黙も、秋の空のようにカラッと心地よかった。
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