第18話
事務所に戻った裕作は、ポケットから縁切りハサミを取り出してまじまじと眺めた。
ほんの数日前、おっさんと遠藤さんの縁切りをした時には確実に見えていた。
おっさんから縁の切れ端が出ているかを直接確認した訳ではないけれど、寂しそうな遠藤さんの背中とそこから伸びる縁の切れ端を見たことは確かだ。
それに、これまでだって縁切りの後は必ず縁の切れ端の処理をしてきた。
切った後の縁が見えていたからこそ、できたことだ。
裕作の中で「見えていたはず」と「でも見えなかった」がぐるぐる回る。
何度かぐるぐるした後で、やっと落ち着きを取り戻し始めた頭に二つの疑問が浮かぶ。
一つ目の疑問は「これは全てのケースに当てはまるのだろうか」ということ。
おっさんと遠藤さんの縁の切れ端が見えなくなったことは事実だけど、今回のケースが特別な可能性もある。
思えば、これまで見てきた縁の切れ端はどれも縁切り直後のものばかりだ。
縁切り後に時間が経つと縁の切れ端はどうなるのか、きちんと確かめてみたことはなかった。
それと二つ目の疑問。
見えなくなったのか、それとも存在しなくなったのか。
切れ端は見えなくなっただけで存在はしているという可能性もあるし、そもそも存在自体が消えてしまった可能性も十分に考えられる。
切れ端はいつまでも消えずに存在し続けるのだと勝手に思い込んでいたけれど、これも確かめてみたことはないので本当のところは分からない。
父から聞いたことがあるような気もしたけれど、見えなくなろうと存在しなくなろうと、どちらでも大差ないと思って真面目に聞かなかったのかもしれない。
実際、いまの今までどちらだって構わなかったのだから。
見えないのか存在しないのか問題の検証方法を直ぐには思い付きそうになかったので、裕作はとりあえず一つ目の疑問から確かめてみることにした。
鈍行電車に乗って2つ先の駅で電車を降りる。
ぶらぶらと歩いて向かった先は、中学生の頃に初めて縁切り現場を見せて貰ったスーパーマーケットだ。
あれから15年近く経って近隣に大きなショッピングモールもできてしまったが、お年寄りにはやはり小ぢんまりとしたスーパーマーケットの方が使い勝手が良いのだろう、相変わらずほどほどのお客さんが出入りしていた。
木箱から出した縁切りハサミをポケットに忍ばせて店内に入る。
久しぶりにお菓子コーナーに向かってみたけれど、そこは裕作が見たこともないお菓子で溢れていた。
知らない戦隊モノのヒーローが印刷されたパッケージを手に取って、裏面を読むフリをしながらサービスカウンターの方に目をやる。
——いた。
父が縁切りをしたあの時のおじさんが、あの時と同じように——額は更に後退し、体は1.5倍くらいに膨れ上がったように見えるけれど——あの時と同じ場所でパイプ椅子に腰掛けていた。
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