事の起こり⑥
――【エス】は精神疾患を起因とした、ごく稀に発生する奇病のようなものだ。
未知のウイルスによるものだとも、免疫機能の暴走だとも言われているが、前提として【エス】と化すまでに、こころの病の諸症状が出てくる。
摂食障害、睡眠障害、セルフネグレクト、自傷行為、人間不信、妄想や幻覚、思考能力の低下……様々あるが、ここで重要なのは【エス】と化すレベルの精神疾患があれば、それを毎日顔を合わせている同居人が気づかないわけがないということだ。
親子仲が悪い場合もあるが、今回はそれに含まれないだろう。
「特に女性は生理不順というシグナルもある。それこそ副島麟太郎の時のように、周囲との関わりが断絶されてでもいない限り、露見しないわけがない。だからこその告発だったんだろうけど」
異常犯罪を隠れ蓑にした一般事件ならいざ知らず、今回は
それぐらい危機への嗅覚があったからこそ成り上がってこられたのであれば、今回ばかりは皮肉な話と苦笑する他ないが。
「目下、正体もそうですけど、『変質』と『病因』はなんでしょうね」
「分からないね。なにせ、事件の舞台はお嬢様学校だ。彼女達がひび割れ、欠けるほど、満ち足りていないとは思えない」
【エス】には、『変質』と『病因』と呼ばれる特徴が、例外なく必ず存在している。
――『変質』は文字通り、【エス】と化したことで発生した人体の変異特徴を指す。前回の例で言えば、声――声帯。話術なども加味されるが、
そして要となるのが、『病因』――【エス】と化した
「自殺だったんだ。まず疑われるのは、いじめの線だった。だが金銭面でも怪しいところはなく、遺体の外傷も目立つものは飛び降りをした時のもの以外なかった。少女間のいざこざはあったにせよ、いじめはなかったと結論付けられている」
「分かるわけないんじゃない?」
俺達の真面目な会話を暇そうに眺めていた咲弥が、ふあ、とあくびを一つ。
「人間は自分だって分かんないんだから、他人のことなんて分かるはずないよ」
「あのなぁ……」
口でこそ呆れるが、言っていることはもっともだ。
手掛かりとなる『吸血鬼』というキーワードも、人喰いの鬼と化す【エス】では、形容として凡庸すぎる。『病因』はおろか、『変質』も予測不明。推理が実入りの少ない堂々巡りとなるのは目に見えていた。
「確かに、ここいらでひと息つくのは大切かもしれないね。取り敢えずこの後も予定があるから、少し早いけれどお昼にしようか」
「やったーっ! カルボナーラ、カルボナーラ! ベーコン抜き!」
ぴょこぴょこウサギのように跳ね回る咲弥を尻目に、俺は草薙さんの口振りが気になった。
「『この後も予定がある』……って、また仕事ですか?」
「ん? ああ、違う違う。アポイントが取れたから、この件の続きだよ」
アポイント――ビジネス用語であれば、商談相手と面会の約束を取りつけること意味するが、この場合は言うまでもなく、関係者との。
「織田澪子と同じ部活に所属している子と、これからウェブ通話ができる。この機会を逃すわけにはいかないな」
閑話休題、あるいは嵐の前の静けさ。
「腹が減っては戦は出来ぬ、だよ」と草薙さんはスマホでデリバリーアプリを立ち上げた。
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