第2話
世界にダンジョンが現れてから20年が経った。
ダンジョンへは「ゲート」と呼ばれる巨大な門から行き来することができ、そこはまるでゲームのような剣と魔法の世界が広がっていた。
この異なる空間について、アメリカに本社を置くゲーム会社がとある事実を公表する。
それは、ゲート先の空間が数年前に開発途中だったゲーム内容と酷似しているというもの。
そのゲームは『アビス』という名前で開発されていたが、完成間近という段階で謎のウィルスによりデータが消えたため開発を断念せざるを得なかったらしい。
当時、国際連合はこの事態を強大なテロとして協議していたが、ゲートから溢れだした魔物によって目に見える被害が起こった事で協議どころではなくなってしまう。
結果、ランダムに現れるゲートに為す術はなく、ならばゲームと同じように魔物を対処しようとなったのは当然の流れだったのかもしれない。
そして、そんな結果をまるで見通していたかのように、人々の中からゲート先で活躍できる強い能力を持った者たちが現れ始めた――。
◆
「あっ、黒井さん無事に戻られたんですね!」
神奈川県の南西部に位置するダンジョン支部。その施設内に入った途端、黒井に向けて元気な声が飛んできた。見れば、受付にいる若い女性職員が嬉しそうに笑みを向け手を振っている。
黒井は、そんな彼女の無邪気な対応に思わず吹きだしてしまいそうになったものの、堪えてなるべく爽やかな笑みを努めた。ここが職員の少ない小さな支部じゃなかったら、奥から上司の怒鳴り声でも聞こえてきそうだ。
「お疲れ様です。メンテナンスの報告にきました」
「ご苦労様でした。報告のまえに壊れた装備があれば先にこちらでお聞きしますね」
「ありませんよ」
黒井が即答すると、彼女の眉尻が不満げに下がる。
「黒井さんは本当に装備を壊さないですよね。月に4回もメンテナンスしてくださってるのに、こちらから装備を支給することが少なすぎて不安になります」
「慣れてるだけです。それに、慢心はしてないので安心してください」
「そうは言ってもですね……」
彼女の鋭い視線が黒井の姿をチェックしはじめたので、装備よりも身だしなみが気になってしまい自身の格好を見下ろした黒井。
しかし、装備と呼べるものなど剣とベルトくらいしか見当たらず、他は彼の私服によってコーディネートされている。一見すれば普通の人と見間違えてしまうほどの軽装、軽装というか……むしろ普段着。元来の目つきの悪さまで加味すれば、どこぞの不良に見えなくもない。ただ、不良などという言葉が許されるほど黒井はもう若くはなかった。今年で26歳になる彼の悩みは、ヒゲを剃る頻度が多くなったこと。まあ、それでも体毛は薄いほうではあったのだが。
「もう、なんでそんなに普通すぎる格好なんですか!? 探索者なんて本当に危険な仕事なんですよ!?」
「いや、そう言われても……」
「いつもいつもバイトみたくきては呆気なくソロでメンテナンスだけ終えて帰ってきて……こっちの身にもなってください!」
「……すいません」
なぜ怒られているのかわけが分からなかったものの、彼女の悲しそうな表情を目にすると謝らずにはいられない。
彼女が言うとおり、探索者のなかには重い鎧などを纏う者も決して少なくはなかった。しかし、彼が軽装なのはダンジョンに対して彼自身のランクが高いことと、職業が【治癒魔術師】であることが理由としてあげられる。
黒井が剣を握っているのは、ソロで活動しているからだった。
「でも、無事に戻ってきてくれて嬉しいです。黒井さんほど安心してメンテナンスを任せられる探索者もいないので!」
怒られたかと思えば、今度は感謝され困惑がとまらない。一体何なんだと思いつつも、“黒井さんほど安心してメンテナンスを任せられる探索者はいない”という部分については間違ってないなあなんて思ってしまう。
「ここが管理するダンジョンにゴブリン種しか出現しないのもメンテナンスしやすい要因ではありますよ。他の魔物がいたら、それに対応するための装備や道具が必要になってくるので」
そんな自惚れを戒めるように、黒井は自身じゃなくダンジョンのほうが易しいのだと説明する。
「まあ、ゴブリン以外がでてきても問題ありませんが」
説明したうえで、やはり自惚れてしまうのが黒井という男でもあった。
「はい! これからもお願いしますね!」
「任せてください」
それでも、その自惚れは自信なのだと黒井は信じたかった。これまで積み重ねけてきた結果が、今の自分を形作っているのだと、そうつよく思い込みたかったのだ。
「そういえば、報告のあとでアビスの攻略情報を閲覧したいんですけど」
「わかりました。じゃあ、申請書を用意しておきますね」
「お願いします」
そして、黒井がここで積み重ねてきたものというのは、ゴブリンの死体の山ともいえる。
そんな結果に対し、アビスから得た称号【鬼狩り】。
その内容が不可解すぎて、アビスの攻略情報を見なければいけないことを黒井は思い出したのだった。
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