結局、世界を救うには回復よりも最強の力がいるらしい

ナヤカ

第1話

「――ルーペ」


 暗く冷たい洞窟空間に、黒井くろいさいの呟きがぽつりと落ちた。


 その瞬間、彼の左目眼前虚空に綿密な光たちがうごめき、立体的な設計図をえがきはじる。やがて、その設計図が完成すると、光は役目をおえたかのように収縮した。


 現れたのは、重厚な拡大鏡ルーペ


 その拡大鏡は、時計の針のごとくカチカチと音をたて、勝手にピントを合わせている。



「魔力回路は――ランクDか」



 黒井が見ているのは、下半身に汚い布切れを巻き付けた一体のホブゴブリン。


 緑色のゴツゴツとした皮膚に覆われた2メートルほどの体躯、体毛はなく、赤い目を爛々らんらんと怪しく灯す姿は人にあらず。


 それはまさしく、バケモノと呼ぶに相応しい。


 そんなホブゴブリンの体内に流れる魔力が、黒井にはハッキリ視えていた。

 


 それは――魔眼と呼ばれる異能。



 彼の左目眼前に浮かぶ拡大鏡は、魔力回路を透視する能力を有している。


 本来その能力は、魔力回路の治療を行う過程で扱われる。しかし、彼はその能力をバケモノ相手に使っていた。


 もちろん治療するためではない。強さを図るため。


 その目的を果たしたルーペには今もなお、ホブゴブリンの体内に流れる魔力を映しだしている。


 そんなバケモノを前にして黒井は悠然と立ち、腰に携える剣鞘ベルトから一本の得物えものを抜き去る。


 それは、真っ直ぐに伸びた剣。


 指にかかる柄の肌ざわりを感じながら、刃の切っ先をバケモノに向けて構えると、ホブゴブリンが気づいて咆哮をあげた。


「グギャアアアア!!」


 しかし、黒井は臆することなくホブゴブリンを迎え、大げさに振られた腕を掻い潜ると、脈々と流れる魔力回路を素早く斬る。


「ギャ!」


 痛みに鈍感なホブゴブリンが声をあげたのは、自身の力が弱くなったのを感じたからだろう。……いや、もしかしたら恥ずかしくなったのかもしれない。


 裸同然の奴らが戦いでも平然と皮膚を晒しているのは、魔力によって強化されているからだった。その防御力が落ちたことにより、無防備を晒して恥ずかしくなった可能性はある。


「ギャアアア!!!」


 なんて。人でもないバケモノがそんな思考を持ち合わせるわけがなかった。


 ホブゴブリンはわかりやすく怒りに吠えた。


 その隙を見逃さず、黒井はホブゴブリンの腕を斬り落とす。


 ボトリ、という音に耳を澄ませたのは、万が一にも踏みつけて態勢を崩さないようにするため。足下の石に躓いて死を迎えた探索者シーカーなんて別段珍しくもないからだ。


「ギャ?」


 振ろうとした腕がなくなったからか、ホブゴブリンのマヌケな疑問符が呟かれた。そこに迫る刃には気付きもせず――。


 結局、それがホブゴブリンの最後の言葉になった。



――ダンジョンボス【ホブゴブリン】を倒しました。ボスの支配下にあった魔物は一定期間活動できなくなります。



 聞き慣れた天の声に、黒井は息を吐いて緊張を解いた。


「終わった……」


 剣を鞘に収め、湧き上がる達成感に脱力する。その瞬間が、彼にとって勝利を味わう余韻でもあった。



――ゴブリン種を10000体倒しました。称号【鬼狩り】を得ました。



 しかし、その時間は再び聞こえてきた天の声によって邪魔されてしまう。


「鬼狩りの称号……?」


 黒井は、自身のステータスから称号を確認した。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


【鬼狩り】

 ゴブリン種を10000体倒した証。ダンジョン【回廊】への資格。一時的な雷耐性を得る。


 回廊へ挑戦しますか? はい/いいえ


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



「は?」


 思わず声がでた。鬼狩りなんていう称号を見たのは初めてだったものの、その内容はあまりに称号らしからぬ説明だったからだ。


 普通、称号を得ると何かしらの報酬が得られるものだと黒井は認識している。そしてそれは、能力値の上昇である場合がほとんど。


 しかし、たった今彼が手に入れた鬼狩りにはそんな記載が一切なく、謎の雷耐性というのも一時的とあった。


 さらには、最後の選択肢を選ばなければステータスを閉じれないようになっている。


「なんだ、これは?」


 疑問に思いながらも【いいえ】を選択すると、通常通りステータスを閉じることができた。


「取りあえず、支部に戻って調べよう」


 好奇心に負けて先走るべきじゃない。彼は自身にそう言い聞かせると、踵を返して歩きだす。


 灯りはなかったものの、見慣れて覚えてしまった洞窟内では、地図を確認せずとも足が出口へ向かった。


 ここはランクDのダンジョン。


 そして、このダンジョンに黒井が出入りするのは、今回で80回を超えていた。


 


 


 

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