第0.7話 潜入

「みなさん。

僕を彼女がいるところに送ってもらうことはできますか?」


僕は決意を込めた眼差しで3人のおじさん達を見つめる。


「「「できるぞ」わ」とも」


しかし、おじさんたちは事も無げに声を若干ハモらせて答えてくれた。

いや、ありがたいんですけどね。


「お主、何か手はあるのかのう?」


「僕ならXHD境界守護者のシステムにハッキングをかけて、彼女をどうにか生かすことができるかもしれません」


「はっきんぐ?

なんじゃそりゃ」


「システムに侵入して、少し手を加えるんです」


「坊主、お前そんなことができるのか!」


「その目。覚悟は十分なようね」


青色帽子のおじさんは僕の手を握った。

何かを僕に掴ませた?


「これは?」


「それはね。

私たちがアイツらから身を隠すためのおまじないを施してあるの。

あなたにあげるわ」


掴んでいたものは布製の小さな包みだった。

包みには異世界の言語で何か書かれているが、読めない。

布は紐が通してあって、その紐で中のものが出てこないようになっているらしい。


「これ、中身はなんですか?」


気になった僕が紐を緩めて中を確かめようとすると。


「おいこら、開けるな!

おまじないが台無しになるぞ!」


「わっ!?す、すみません」


緑帽子のおじさんに怒られてしまった。

どうやら布の中身は、出してはいけないものらしい。


「そんな貴重そうなもの、僕が持っていていいんですか?」


「ああ、持っていけ。

ここに居れば俺たちは安全だ。

お前にこそ必要だろう」


「お主を送り届ける準備をするから、お主は少し休んどれ」


「ありがとうございます」


XHD境界守護者のところに乗り込むなら、僕はXHO境界侵犯者の側として立ち回ることになる。

しかしながら、隊員達に僕が太刀打ちできる気はしない。

戦闘訓練も受けてないし、武芸なんで全く知らない。

できることは逃げて隠れて、システムに細工をするくらいが関の山だ。

だが、ここで何もせずに彼女を見殺しにすれば、僕は一生後悔しそうだ。


おじさん達は先にゲートの場所まで戻って準備をしてくれるようだ。

僕は一人、彼女が映る湖を見つめる。


それにしても、美しい寝顔……。

ベッドに仰向けで真っ直ぐに眠る彼女は、呼吸とともに胸を上下させる。

鮮やかな赤い髪。

閉じた瞳。

小さな鼻と唇。

水面に映し出される彼女は、ずっと見ていたくなるほど美しい工芸品のようでもあった。

年は10代前半のように見える。

こんないたいけな少女を自分たちが使うエネルギーのために殺してしまうなんて……。



XHD境界守護者は、まるで歴史に残る黒い時代のようだ。

人間が搾取をやめて、世界平和を実現するには途方もない犠牲があったという。

人の歴史の発端から、小さな村や里では地域に根ざした有力者の絶対的な権力図が築かれた。

それがやがて王や有力貴族に成り代わり、その次に経済という概念が、長い間、人が人を奴隷のごとく使役する社会構造を助長した。


その頃、国や企業、会社という営利団体の上層部の連中は、自分たちに都合の良い仕組みを正当化させようとする悪い流れを搾取される側に気づかれないように巧みに事実を誤認させた。

専制的な王や貴族に比べると、民主主義のもとに成り立っているように見せかけられた専制政党政治や、人が人を介して利益を得たにもかかわらず、介した人への還元は乏しく、働かせた使役者側がほとんどの利益を吸収してしまうこと自体が人権を蔑ろにするものである。

ほぼ奴隷として働かせられた

人々を上手く出し抜くために、長い間機能した。

しかし、経済的に優位なものが政治的にも優位とほぼイコールな状態は、社会の健全さを失わせた。


そんな経済社会で、再生不可能なものを無くすために抗議運動を続けた学生が、狙撃され犠牲になったという話や記録は、演目や映像作品で何度も目にした。

あの頃の多くの犠牲は、社会が経済という、蔓延する毒に支配されていたから起きた悲劇だと思っていた。


国や企業、会社という営利団体は、結局のところ誰かや何かを搾取しないと成立しない、ごく一部の人間へ莫大な富や権力を集中させるための仕組みでしかなかった。

構造的な欠陥を抱えていたのに、民衆の集団無知によって長い間それが成り立つ状況が作り出されていた。

上手い人が利益を吸収して、それは社会のためではなく、自身の利益の拡大に使われる。

善良な人が植えて死んでいっても、富がある人は知らぬ存ぜぬで手を差し伸べることはない。

トップの老人たちが道を間違い続けて、若い世代にしわ寄せを押し付ける。

あるいは若い担い手を搾取して、ほとんど何もしていない人間に利益が寄せつけられる。

権力や富を手にした者は、自分の手柄だと思い込む。

破綻した社会構造がもたらした21世紀の真っ黒い歴史。


世界は学び、変わったはずだった。

AIと機械工学とブロックチェーンによって、必要以上の富や権力の集中は避けられることが明らかになった。

生産系と物流系、それから政治的な管理系は、全て代替されて、人間がすることは創造系だけになったことで、そもそも一部の人間にだけ与えられる富や権力が必要ではないことが立証されることになった。

社会は未だ嘗てないほどに安定し、新たなものを次々に生み出すことのできる自由な世界が実現された。

環境破壊について、計器による状態の検知と動態の予測とを組み合わせた何重もの予防策を敷こうと苦しんしていたが、人間だけでは上手くいかず、代替により磐石な予防策を講じられるようになった。

生物の多様性や遺産の保護のために区画が分けられ、ヒューマンエラーから解放されたことで絶滅や消滅の心配は一切なくなった。


僕らの世代では、搾取されている人やものが存在しない。

そう思っていた。

だけど、どうやらそれは思い違いだった。

ゲートには、異世界には、なにも規制がかけていない。

そこだけはあの頃の時代と同じような構造に陥ってしまっている。

人間は根本的なところで、過ちを繰り返す。

その犠牲や搾取の対象を別の世界に鞍替えしただけで、全く同じことをしていることに、どうして気づけないんだろう。


目の前に映る彼女を、こちらの世界の一方的な搾取の対象として扱いや暴力から救い出さなければ、僕はきっと後悔する。


「準備が出来たわよ」


「ありがとうございます。

この借りはいつか必ず……」


「そういうのはいらないわ。

どうせ返せない時は返すことなんてできないし、私たちはあなたに何かもらったりするつもりがないもの」


「でも……」


「『でも』は、無し。

いいから行って、あんたの思うことをしなさいな。

それが私にとっては1番よ」


「ありがとうございます……」


「あんたの大一番はこれからよ!

そんな顔してないで、しゃんとして行きなさい」


「はい!」


背中を押してくれる人がいる。

僕のことをまだそれほど知らないはずなのに、僕のやることを信じてくれる人がいる。

目の前の3人は、まるで昔から僕のそばにいたかのように僕を受け入れてくれて、僕のことを想ってくれる。

この世界にとって僕がガリバーだとか異世界人だとか、そんなことは全く気にしていないフラットな関係。

そうあるべきだと思う。


3人のおじさんと一緒に、呼吸を合わせて、手を3回打つ。


ぱんっ、ぱんっ、ぱんっ!


目の前に開かれたゲートに、僕だけが歩み、入っていく。

だけど、心のどこかで3人のおじさん達と一緒の想いを持ってきた。

きっとあの3人も、僕が彼女を助けるための準備を進めていてくれる。

そう信じることができる。


そして僕の世界の人達にも、そうしてもらいたい。

たぶん、僕を含めて大半のこの世界の人は、異世界人だとしても、それが理由で嫌ったりはしない。

僕の見ている番組でも、XHO境界侵犯者で、かつ来た凶悪犯たちが生き死にするのを観る番組でもあるけど、観ている先にいる人達が頑張っていれば応援したくなる。

かっこよかったり可愛かったり強かったり美しかったり、それは別の世界から来たとかは全く関係がない。

これまで番組に登場した人たちも、全く優しさがないってことは無かった。

普通に人間だった。

一方的に搾取や暴力の対象にされているなんて思ってもみなかった。

みんなが知ったら、どう思うだろう。

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