境界守護者のヴァルキリー
第5.5話 ヴァルキリーと呼ばれた娘
境界侵犯者。
eXtra Horaizonal Offenders、通称XHO。
それは二つの世界の境界線を跨いでやってくるもののこと。
この世界の豊かな暮らしを脅かす存在のことである。
それらを取り締まることが、我々の役割である。
我々とは、境界守護者。
eXtra Horaizonal Deffenders、通称XHD。
━━
私は隊事案協議の場に召喚されている。
戦場へ赴く時のフルフェイスヘルメットやフルアーマーは無い。
なんの防護も備えていない隊礼服による呼び出しだった。
つまり、今の私は生身の単なる1人の人間として無防備な状態でここに呼び出されたのだ。
予定された非番でもないのに昨日からあのアーマーを着ていない。
私が正隊員になってから、非番の日以外でアーマーを着用しない日は無かった。
現場に出ない日でも、装備の点検や動作確認は隊員の義務だ。
着るなと命じられない限りは私は着るようにしていた。
そして昨日は着るなとの命令があった。
隊の自室への待機命令が今朝解かれ、本部への召喚命令を伝令により受けた。
見上げる壇上には数人が着席している。
本部のお偉方だ。
秘書官よりいくつかの説明がなされ、私へと質問が投げかけられたが、私自身にも答えに窮する問いかけが続く。
「私はどうして、彼女を殺さなかったのか、でしょうか?」
壇上のお偉方の1人がこの部屋の奥のほぼ中央に座し、私を鋭く見すえている。
先々代の隊総長であったエインリヒター現隊総指揮長その人が口を開く。
「問うておるのはこちらだ。
シグ第2部隊 隊長補よ」
エインリヒター隊総指揮長の目は私の心臓を抉りとるかのごとく、鋭い視線を隠さない。
背筋を伸ばしてその視線に耐えるしかない。
エインリヒターの傍らに立つ秘書官のマイヤナさんが私とお偉方を見回し、補足説明をつける。
「先程も申し上げました通り、シグ部隊隊長補は魔女と目される
こちらの認識はございますね?」
「はい、認識に相違ございません」
エインリヒターの眼光がさらに鋭さを増す。
「ではどうしてその命令に背き、衆目の面前で生きたままアレをゲートに回収したのだね?
君の作戦外の行動。
それから、事前の通達をするのが責めてものゲート内の隊員たちや職員たちへの配慮だと思うが、その配慮をも怠ることで、ゲート内にいる3000名以上の隊員や職員たちを危険に晒した。
君の弁明を聞こうではないか。
もしこの事案に見合う弁明があるのであればだが」
エインリヒターの鋭い眼光に殺気が込められている。
すでに前線を退いてもなお、その風格は衰えることがない。
腕の方も鈍ったわけではなく、日々の鍛錬は欠かしていない。
私も訓練場で何度も彼の傷だらけの背中を目にしている。
そして試合となれば彼に勝利するには余程の運を味方につける必要がある。
実力で言えば当然敵わない相手だと理解している。
大蛇のごとき睨みを効かせる老獪に、私は弁明など申し出る余地もなかった。
彼の言っていることは正しい。
しかし、私はどうして……。
「隊総指揮長のおっしゃる通り、本件は私の過ちです。
しかしながら、私自身もなぜあのような行動を取ったのか……。
自分自身を納得させられず、釈然とし難い心境です。
ですが、あれは正しく私の独断によるもの……。
私へはどのような処罰でも受け入れます。
私に追従した部隊員への処罰は、ご寛大な対処をお考えください」
エインリヒター隊総指揮長の指が動く前に彼の秘書官、マイヤナさんが口を開く。
「第2部隊隊員への対処はすでに完了しております。
全員本日より通常任務へと戻っていますので、その点は憂慮なさらずともよろしいかと」
「余計な情報を与えおって。
下がれ、マイヤナ」
すかさずエインリヒターの口から叱責が飛び、自身の部下を退室させる。
「はい」
マイヤナさんは静かに本部お偉方へと一礼し、部屋を後にする。
ため息混じりにエインリヒター隊総指揮長がお偉方へ目を配り、最後に私へとその鋭い視線を向ける。
マイヤナさんに機先を削がれたせいか、先程よりはその眼光の鋭利さが幾分マシになっているような感覚がある。
「君への対処についてだが、研究部門より話がある。
異論は認めぬ。
すぐに研究部門棟へ行くように。
では、以上だ」
マイヤナさん不在によって面倒な説明を省く為か、話はすぐに終わり、私は廊下へ追い立てられるように放出された。
研究部門棟の場所は本部の敷地に隣接している。
だが、普段からほとんど行くことはなく、正規入隊して4年になるが、片手で数える程だ。
どうしてそんな所から私にお呼びがかかったのか。
何かの実験に付き合わされるのだろうか?
人体実験をしているとか、怪しげな薬品を搬入しているなどの根も葉もない噂が隊員たちの間で流布されることもあるが、私には一切関わりが無かったため気にもしてこなかった。
こうなる事を予見していれば、もう少し人脈を作るなどして情報を集めたかもしれなかったが、あいにくと今は全く、なんの情報も持ち合わせていない。
久しく感じたことのなかった不安という感情が沸き起こるのを堪え、研究部門棟へと足を向ける。
確か私のフルフェイスヘルメットやフルアーマーも研究部門で特別に開発されたものらしい。
あの性能は
実際には500kgを軽く超えるはずの全身装備を着込んでいるのに腕力や膂力が上がるのはもちろんだが、脚力や跳躍力までもが向上する。
あの装備を着た私と対峙する
性能や頑丈さには満足しているが、その代わりにナノマシン製とは違って、気軽に着脱ができないのは不便ではある。
本部棟を後にして、
研究部門棟は
ここの門番は、訓練課程を終えた後は研究部門棟へ特別任務という形で配属される
彼らとは私も基本的に面識がない。
他の部隊とは違って寮なども研究部門棟の敷地内にあるので、全く顔を合わせずに定年まで務めるものも多い。
門を通過する際、門番である彼らに呼び止められた。
「担当者が来るまではこちらで少々お待ちください」
大人しく待つしかない。
そもそもここへ来た説明をエインリヒター部隊総指揮長殿に省かれたお陰で、目的や会わねばならない研究部門棟の職員の名前すら不明だ。
しばらく待つと私の担当者がようやく現れた。
「
たしか……シグ・ハインツさんでしたよね?
お待ちしておりました」
現れた担当者はヒョロりとしていて白衣を着たメガネの男だった。
「キヅキというのか。
いかにも私がシグ・ハインツであり、第2部隊の部隊隊長補だ。
ところで、失礼ながらあなたの階級は?
見たところ、階級章なども見当たらない様子……」
キヅキと名乗るメガネの男は怪訝な顔をする。
いや、
でないと指揮系統の乱れに繋がる。
私の顔にも怪訝な色が色濃く浮いているはずだ。
「いや、ここは研究部門棟です。
職員は全員研究者なので、階級などは特にありません。
強いて
「Gですか!?
では私よりも上官でございますね。
先程の失礼な言動、お詫び申し上げます」
「いえ、それほどお気になさらないでいただきたい。
そんな階級など、研究の成果をあげ続ければコロコロと変わって参りますから、
「そ、そうなのですね(?)
お気にされていないのでしたら助かります」
おそろしい事に
階級章もなく丁寧な口調ときたからには当然階級は下だろうと思ったけれど、階級でGといえば幹部や指揮官クラスの下位に位置する。
私のような兵卒階級よりも断然上になる。
この研究部門棟で、私は一体どの様に振る舞うのが適切なのか全く分からない。
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