2日目
第6話 謎の声と初めての食糧
「くしゅっ!?」
目が覚めると体が冷えきっていた。
寝る前に工夫して小枝や長い枝を置いて火が消えないようにはしていたが、ほとんど消えかけていた。
辛うじて
寒さで目覚めたので手足がかじかんでいるけど、朝のためにとっておいた小枝をくべる。
じきに温まれるはずだ。
今日の分の薪を拾ってこなくてはならないのと、早いところ夜の寒さをしのぐための工夫をしなくては……。
この調子では、すぐに風邪をひいてしまう。
むしろ今夜風邪をひかなかったことが奇跡かもしれなかった。
寝床ももう少し何とかしないと。
なるべく柔らかそうな草の上に寝たのだけれど、体のあちこちが凝り固まっている感覚。
頭がぼーっとするし、気だるい。
ぐっすり眠ったはずなのに、全然体力が回復している気がしない。
食事による栄養が補給をしていないから、体を休めたことによる回復よりも、寒さや疲労などによる体力の消耗が勝っているのかもしれない。
この調子では、夜寝ても体力の回復は望めない。
ぐぐぐぐぐぅぅぅぅ〜〜〜〜〜〜〜……
盛大なお腹の音が、私の今日の最優先事項を決定付けた。
兎にも角にも食事だ。
今1番渇望しているのは、有名チェーン店の朝メニューだけど、さすがに異世界の森の中にそんなものは存在していない。
暖かくてお腹がいっぱいになればとりあえずなんでもいい。
何か食べなくては!
もし火が消えてしまった時に再び火起こしできる体力は……もう残っていない。
その時は短すぎる異世界生活がジ・エンドという訳だ。
体温の維持ができなければじきに動けなくなって、私もチビカピさんと同じく、この森の菌類などに分解され大自然の一部になってしまう。
しかも、せっかく火を付けて何とか維持しているのだから、何か調理して食べたい。
焚き火の火に当たって体を温めながら、自分が眠っていた場所に目をやると、視界の端に入ってきたものが気にかかった。
「なんだろう、あれ?
あんなの昨日あったかな?」
私が眠っていたところから数メートルのところ。
何か丸いものが10個ほどかたまって落ちている。
色は茶色で、丸いけど完全な球体ではなくて、一部がとがっていたり、楕円に近いものもある。
どんぐりのような木の実かもしれないが、あんなの昨日の夕方に火をつける時は見かけなかった。
あんなに目立つところにあったなら絶対に見逃しはない。
夜になってそこに落ちたのだとしたら、随分と不自然な落ち方をしたものだ。
気になって近づこうとした瞬間、突然耳元で男の人が囁くような声が聞こえてきた。
「これで……どうだろう…………繋がったか?」
「え?なに?
繋がった?」
その声は語りかけてきた。
さっきよりもはっきりとしたその男の人の声が鼓膜を振動させる。
「あー、えー、んっうん!
聞こえているかな?
マドモアゼル」
マドモアゼル?なんだろうこの声。
ねっとりとしつつ、少し若さも感じられるような、年齢不詳な声。
マドモアゼルってなんだっけ?
お嬢さんって意味だったような。
そっか、私は今小中学生だから、お嬢ちゃん的な意味かな?
私の反応がないことを気にせず、その声は少し興奮気味にこう続けた。
「僕の名前はルーブルムンドラング。
どうか君から僕のことは、"ルブラン"と、そう呼んでくれ。
昨日は水と火、生きるために必要な2つを手に入れることに成功したようだね。
なんて大活躍だ!
さすがは僕が見こんだ花!
そして僕の未来の女神にして妻!
そうだ。
手始めに名前から教えて貰えないだろうか、愛しのマドモアゼル」
ルブラン?妻?はあ……!?
いきなり何を言い出すんだろう?
しかも、昨日の私がしたことを、知っているような口ぶりだ。
周りを見回しても人の気配はない。
なんだか元の世界でいう電話越しに話しているような感覚だ。
なんだか分からないけど、こんな声だけの怪しいやつに名前を教えるなんて危ないに決まっている。
私の返事は決まった。
「お断りします」
この時の私は寝起き、かつ、丸1日の断食によって血糖値はその日の最低値を記録していた。
何よりも思考は空腹による渇望が占めており、別のことを考える余裕もない。
気が立っていた。
そして、死の恐怖とも隣合わせの状態であった。
後で思い返すと、この時はその声をあまり認識できてすらいなかったのかもしれない。
私にとってあまりにも唐突すぎるプロポーズは、全く私の心を掴むことはなかった。
「ううんっゴホン!
ど、どうやら僕の声は君には途切れて聞こえているようだね。
まだ調整が上手くいっていないようだ。
なにか失礼なことのように聞こえたのだとしたなら謝るよ。
すまない。
僕に君を傷つけるような意図はないから大丈夫、安心してくれたまえ。
それに、君は声すらも、とても愛らしいということ。
今僕はそんな君のことを知る事ができて、とても嬉しいよ。
だけど!注意してくれ。
僕の声が聞こえることは、くれぐれも周りに悟られてはいけないよ。
もし気づかれたなら、君にとっては大変に"不利"なことだからね」
この声を聞いていると、少しゾワゾワと鳥肌が立ってくる。
初対面というか対面してすらいないのに、あっちは一方的に私のことが見えているらしいけど、愛らしいとか平気で口説いてこようとする。
いっそ聞こえない方が精神安定上良いのではないでしょうか。
しかし、現に聞こえしまっていて、なおかつ、この声を聞かずに済む方法が全くわからない。
ミュートボタンがどこにもない。
もしかすると、新手の拷問なのかもしれない。
仕方なく、話を進めるように促すことにする。
「どうして気づかれると不利なの?」
これでも冷静に冷静にと言い聞かせていたつもりだけど、声には不快感が滲み出ていたかもしれない。
「どういうことか細かく説明している余裕は、残念ながら今の僕には無いんだ、ごめんよマイスウィーテスト。
できれば何かをしているような"フリ"をしながら聞いてくれたまえ」
マイスウィーテスト??
しかも今、"不利"に"フリ"をかけて、なんだか得意げに言ってきたんだけど……。
この世界にもオヤジギャグはあるのかしら?
でも、どうやら本当に周りにバレないようにして欲しいというのは、焦ったような声のトーンからなんとなく伝わってきた。
何かよく分からない言い回しで呼ばれた気はするけど。
「わ、わかったわ(小声)」
私は目に付いた謎の丸い物体がある方へ歩き始めた。
「そうだ、それでこそ僕のマドモアゼル!
とても賢く、そして愛らしく、美しい!
素晴らしい!
僕はシステムに侵入して君の参加条件を少し変えたが、それを差し引いても昨日の君の活躍は目覚しいものがあった」
あなたのマドモアゼルとやらになったつもりは毛頭ないのだけれど……。
ゾワゾワ感が後から後から押し寄せてくる。
早くこの着信終わらないかしら……。
私は何気なく目の前の丸いものを1つ手に取ってみた。
指で押すと、柔らかくはないが、そこまで固いというわけではなさそうだ。
噛めば噛み切れそうな感触。
一応、これを観察している素振りを続けよう。
「そんな君にささやか、本当にささやか過ぎて申し訳ないのだが……。
そう、その可愛らしい手に持った木の実。
それは人間が食べられるもので、生のままでも無毒だ。
多少の糖質と少量の良質な脂質が摂取できる。
システムに干渉するついでに、10個ほど集めさせた。
僕からのプレゼントと思って大事に使ってくれたまえ。
今の僕にできるのはこれくらいだが、君のこれからの活躍に心より期待しているよ。
君を狙うライバルたちが増えすぎないうちに、一刻も早く僕の元へと迎え入れたいくらいだ。
僕の見立てでは、君が成長すればきっと薔薇のように美しい女性になること請け合いだ。
だから、今すぐ僕のものになると約束してくれないか?」
「はぁ……。
お断りします(小声)」
思わずため息が出てしまった。
このねっとりとした声の持ち主は、私のことをどこまでも好きにできると思い込んでいるらしい。
こんな木の実、確かに今はお腹がものすごく空いていて、少しだけ、いや、かなりありがたいけれど、私がそれだけで見ず知らずの声の主を好きになるなんてあり得ない。
「そうだ、名前を」
「教えたくありません」
食い気味に言ってしまった。
しかし、今度ははっきりとわかったはずだ。
私がこの声を歓迎していないことを。
そして私はさらに畳み掛けた。
「(小声)ええと、ルブラン?さん。
ご好意ありがとうございました。
私のことはもう、ほっといてください。
さようなら(小声)」
「冷たいところもかわいいな。
じゃあこうしよう。
君の赤い髪と瞳。
美しいその容姿から、僕が君を呼ぶ時はローザと呼ぶことにしよう。
いつか君が、僕に本当の名前を教えてくれるまでの仮の呼称だ。
一時的なコードネームのようなものと思って気にせずにいてほしい」
この声の男、意外としぶとい。
これだけ脈がないことをはっきりと伝えても、まだ懲りないらしい。
「ごめん、そろそろシステムに締め出されそうだ。
これからも見守っているし、また必ず君と話したい。
今後の健闘を祈っているよ、愛しのローザ」
…………。
どうやらもう、さっきの声は聞こえないようだ。
一体なんなんだろう。
異世界に来て初めての他の人との接触。
しかし何故か、一方的に妻になれとか愛しいとか美しいとか、顔も知らない声だけの男に言われるなんて思ってもみなかった。
しかも、私は今、どう見ても幼い見た目をしているはず。
小学生か中学入りたてくらいの見た目なんだから、明らかに若すぎるはずだ。
つまり、ロリコン変態野郎に目をつけられたということだ。
考えると酷い鳥肌が……。
しかし、今は目の前のことに集中した方がいいかもしれない。
体力が残り少ない今は、例えロリコン変態野郎からの差し入れだろうと、食糧は食糧だ。
試しに、手に持った1つに噛み付いてみた。
「……」
……むぐむぐむぐむぐ……
どんな味かというと……。
正直、あんまり味がしない。
癖がないのはいい事だが、木の実は口の中の水分を奪っていく。
それでも、無いよりはマシかもしれない。
そう思うことにしよう。
そういえば、あの声はシステムがどうとか言っていた。
しかも、この世界にも人(?)が、いや、現時点ではまだ、意思疎通ができて私のことを愛おしいと言うような存在いるんだ、ということがわかった。
全く文明がなくて、未開の異世界ではないということかもしれない。
それだけでも今後生き残れば、異世界の住人に会うことが出来るかもしれないという希望が湧いてきた。
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