第5話 異世界の夜、光の祭壇
日没が過ぎ、空には星々が煌めいている。
見える星はどれも明るいものだけだ。
ぼんやりと光る森のおかげで夜と言うには明るすぎる。
だけど、これが異世界の森のいつもの夜なのかもしれない。
森の明るさのおかげで、対岸のチビカビさんたちがよく見える。
「チビカピさんたち、何してるんだろう?」
対岸の一角にチビカピさんたちが10頭近く群がっている。
目をこらすと、その集団は少しづつ移動しているようだ。
行ってみようか……。
チビカピさんたちが何をしているのか、単純に興味をそそられた。
異世界の動物の生態系を間近で見られるのは、とても幸運なことかもしれない。
今つけた焚き火の火に目を配ると、集めてきた小枝は湿っているものもあり、本格的に燃焼し始めるにはまだまだ時間がかかりそうだ。
ちょっとくらい離れても燃え尽きてしまうことはないと思う。
「チビカピさんたちの宴。
参加しない方が損だよね」
何をもって得なのか損なのかはわからない。
だけど、ここで対岸を眺めているよりも、行けるなら行った方が、もっとチビカピさんたちのことを知ることができる。
私は光る苔やキノコ、ツタや植物など、森からのぼんやりとした光を頼りに、対岸をめざした。
昼間に歩いて来た時に、特に大きな障害物などはなかったが、草や木の根に足を取られないようにだけ注意しながら歩いた。
振り返ると、私が起こした焚き火が赤々と燃えているのが見える。
あの火を見るだけで少し誇らしくもある。
目線をチビカピさんたちの方に移動する。
「あれは、一体……なにをしているの??」
チビカピさんたちの方はというと、たくさんのチビカピさんたちが、何やら光るキノコや苔を咥えながら、のそのそと歩いているのが見える。
行動が謎すぎる。
異世界のカピバラは光るキノコや苔を食べるのかな?
だから咥えて集めてる?
でも、昼間見た時は、地面から生えてる草や薮を、直接もしゃもしゃと食べていた。
池の中の水草っぽいものもモグモグしていた。
けど、キノコや苔を食べてる姿は見なかった。
「食べるためじゃないのかな?
だったら……なんで集めてるの?」
近づくにつれて、チビカピさんたちはキノコや苔を1箇所に集めていることがわかった。
何かわかるかもしれないので、私は光るキノコや苔が集められている場所まで行くことにした。
向かう途中、チビカピさんたちに習って、近くに生えていた光るキノコを1つ手にして持って行くことにした。
「……これは…………もしかして…………」
キノコや苔を次々と運ぶ先には、1頭のチビカピさんがいた。
いや、1頭のチビカピさんだった体が横たえられていた。
光るキノコや苔に覆い隠されていくその1頭は、ピクリとも動かない。
全く呼吸もしていない。
きっとチビカピさんとしての
ここにいる全てのチビカピさんたちが、総出でキノコや苔を集めては
何度も何度も往復しているコもいる。
このコたちは皆、仲間だった1頭が旅立ったことを理解しているのだろう。
そしておそらくこれは、仲間たちの最期の別れの儀式。
光る
その光景は、さながら光の祭壇だ。
もしかしたら今朝、私がチビカピさんに出会わなかったら、この池を見つけることが出来なかったかもしれない。
そしたら私は、まだ水を探して森の中をさまよっていたかもしれない。
そして、運が悪ければ死んでいた。
偶然にも私の命を救ってくれたチビカピさんたちに、私からも敬意を払いたくなった。
「私からも、このキノコを捧げるね」
そう言いながら、私も亡くなったチビカピさんの体に持っていたキノコをのせた。
のせる際に、既に置かれているキノコを近くでよく見てみた。
チビカピさんのご遺体にキノコの菌糸がのびている。
苔はキノコの菌糸と絡み合って、全体を覆うように菌糸を広げる役割をしているのかもしれない。
菌類や苔などの寄生植物は森の掃除屋だと、大学のレポートを書いている時に調べたどこかのサイトで見た記憶がある。
死んだ木々や動物たちに付着して、微生物と一緒にその養分を吸収して分解していく。
死んだ木や動物たちは主に二酸化炭素やミネラル、食物繊維などに分解されて、キノコや苔などに吸収されて増殖を助けたり、余剰の成分は雨などで土壌に染み込んだり、大気中に放出される。
増殖した菌類や苔は、増え過ぎれば土に還って養分のある土を作ったり、風や雨水などで運ばれて、また他の死んだ動植物に付着したり、鳥や獣や昆虫などに食べられて、森の中の食物連鎖の循環に一役買っているらしい。
太古の昔、植物という種類の生物が産まれた。
植物が生まれたばかりの頃は、植物を捕食したり分解できるものがあまり多くなかったので、爆発的に繁殖して幾億もの巨木が地球を埋めつくしたらしい。
その植物が地球上で最も多くを閉めていた時期は石炭紀と呼ばれている。
植物が繁殖し過ぎてあまりにも巨木が地球を埋めつくしたおかげで、地球上の二酸化炭素は枯渇しかけて、地球の温室効果が少なくなりすぎてしまい、地球の温度は急激に冷やされていった。
急速に冷えた地球では繁殖しすぎた巨大な樹木が一気に寒さで死滅して、地面に埋まったものが、現在石炭として採掘されている。
石炭紀のすぐ後に、植物を効率よく分解できる菌類や動植物が誕生した。
だから、地球上の樹木は菌類やシロアリなどの昆虫、苔や寄生植物などの他の種類の植物によって分解されるため、地球上で二度と大規模な森林の増加はなくなったし、死んだ木はすぐに分解されていくので、地面に埋まることも無くなり、石炭が生成されなくなった。
そのため、石炭紀に出来た石炭を使い切ってしまえば、地球から石炭はほとんど取れなくなる。
いずれ枯渇する資源が石炭だと言うのは、誰もが知っているだろうけれど、私が通っていた大学の環境課では、一般よりももう少しだけ詳しい内容を授業で教わった。
元の世界でのキノコや寄生植物の役割はそんなところだったけど、どうやらこちらの世界でも同じような役割をしているようだ。
それにしても、こちらの世界のキノコの菌糸は伸びるのがとても早い。
この調子ならご遺体のチビカピさんはすぐに分解されてしまうのかな。
そして、この森の養分になってくれて、またそこに芽吹く植物をチビカピさんたちのような草食動物が食べる。
土葬や火葬ではなく、植物葬というか、菌葬というか、自然葬というか。
とにかく、そのことを習慣的に知っているこのチビカピさんたちは、思った以上に知性が高い生物なのかもしれない。
人間たちのように無理やり死を神聖なものにするようなやり方はしていない。
燃やすこともなく、棺も必要なく、それでいて光に包まれて自然に還っていく。
そして次の生命へとバトンを繋ぐ。
いつの間にか、光の祭壇の近くにチビカピさんたちが集まってきていた。
私の周りは最早チビカピさんたちで埋まっている。
みんな、亡くなったチビカピさんに最期の挨拶をするかのように、ひとところを見つめている。
私もしばらく、チビカピさんたちのお葬式にお邪魔させてもらった。
チビカピさんたちにこれ以上お邪魔するのも少し悪い気がしてきたのと、対岸に置いてきた焚き火が心配になってきたので、そろそろ向こうに戻ろうと思う。
チビカピさんたちを踏まないように慎重に参列を抜けて、気持ちとして一礼してから焚き火へと戻り始めた。
なんだか、異世界といっても動物が自然に死んでしまうことはあるし、案外元の世界とそんなに変わるものではないのかもしれないと思った。
少なくとも、この時の私にはそう思えていた。
チビカピさんたちから対岸の焚き火のところまで戻ってきた。
火が消えかけていたので、薪を少し足す。
そのまま見ていると、パチバチと火の粉を散らし、また燃え盛り始めた。
焚き火を見つめていると、今日の出来事が夢のような気がしてくる。
キャンプに来ている気がしていた。
「はぁあ……」
なんとなくため息が出た。
チビカピさんたちの葬式は、見た目にもきれいで、そして静かだった。
途中参加で途中で抜けてしまったが、なんとなく厳かな気持ちは胸の中に残っていた。
異世界に来て初日。
最初からないもの尽くしで、色々と危ない状況なのは変わらないが、生きるために一番大事もの(水と火)はこうして揃ったわけだし、なんとかなるかもしれないという希望が強くなってきた。
チビカピさんたちとの出会いも、とても良かったと思う。
一人ぼっちじゃないという心の支えになってくれている。
食べ物はまだないけど、明日探せばいい。
なんだかすごく気持ちが穏やかな気がする。
明日からも頑張ろう。
歩き疲れていたこともあって、焚き火の熱が心地よく、私はすぐに深い眠りについた。
……っ……っ……っ……カラカラカラン……っ……っ……
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