第一夜
あるところに、四季折々美しい彩り豊かな山々に囲まれた、小さな集落があった。私はここで生まれ、ここで育ったのである。
村の範囲は実に狭く、住人も少ない。田畑をつくって自給自足の生活をし、鶏や馬や牛などの家畜を育てて暮らしていた。
村の中心には大きな合掌造りの家が数年建ち並んでいて、それらが住人の共同住宅である。少しずつ肌寒くなり次の季節を迎えつつある今日この頃、皆おのおので冬支度を始めるのだった。
しかし、事態の急変はそれからまもなくのことである。集落に、突如として謎の疫病がはやったのだ。疫病にかかれども治すすべがなく、感染した住人の中にはすでに助からなかった者もいた。
この事態をどう切り抜けようかと村長とともに話し合った結果、隣りの山の向こう側に毘沙門天尊を祀る寺院があるから、毘沙門さまをここへお迎えしてお祓いや祈祷をやってもらい、疫病を鎮めていただこうではないかということになった。
そこで、隣り山の寺院に依頼状を送り、あとは毘沙門さまが集落にやって来るまでの間に、住民はなんとか耐えて生きながらえねばならない。
隣り山から集落へは、歩いても数日程度はかかるという。集落は、それまでの勝負だ。
また、何人か疫病で死んだらしい。並び建つ合掌造りの一番端っこの家が、今や死体置き場となって扉を固く閉めている。その隣りの家には感染者が所狭しと寝かされており、ここが隔離施設となっている。
もはや生き残っているのは、私と友達数人だけだ。
私は外へ出て、集落の門へと続く下り坂のいただきに立ち尽くした。門をくぐって来る毘沙門さまのお姿を、いつ見られるのだろう。絶望と希望の狭間で、私は下り坂の先を眺め続けた。
そうしてここにて待ちぼうけること、はや何日か経ってしまった。早く来て、毘沙門さま……。
すると不意に、チリン、と鈴の音がした。よくよく耳を澄ませば、なにやら行列の足音も聞こえる。
しばらく待っていると、その坂を、山伏が長蛇の列を成して法螺貝を吹きながら登ってきているのが見えた。ついに毘沙門さまが、集落に到着したのである。
二列に並んで坂を上がってくる山伏僧、ある者はさまざまな密教法具を片手に持ち、またある者は法螺貝と太鼓を持って常に奏でて毘沙門さまのご登場を知らせた。
そしてこれら楽団が通過したあとからは、小さな
そのお札には、達筆にも「毘沙門天王」と書かれていた。そう、この毘沙門天王と書かれたお札こそが、当寺院のご本尊毘沙門さまなのである。
この毘沙門さまを長老宅の神棚にお祀りし、集落の重鎮のみがつどって、種々僧侶たちにより粛々とご祈祷がとりおこなわれた。
すると、謎の疫病はたちまちにおさまって、感染者の顔色もよくなったのである。
こうして集落は、ことなきを得た。
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