一日レンタル毘沙門天.下
自分と彼は、連なる三つの山のうち一つ目の山の麓の、遊歩道に立っていた。
腕時計を覗くに刻は二十一時、そろそろ彼をもと
ここは夢の世界だから、どんなに急いで走っても進みが遅い。お決まりのパターン、時間が迫っているのに酷である。早くから息切れに見舞われ、足も疲弊するばかりだ。
おまけにGoogleマップが示すには、お寺は二つ目の山を越えて三つ目の山の奥地にあるらしい。なぜに期限切迫の時にかぎって、移動距離はこうも悠長なのだろう。
だからと言って交通機関を使っては、余計道を
二十三時を回った。
この頃の彼はすでにもう、手のひらサイズの銅像であった。厚さ2センチほどの銅板から掘り出したような薄い立像、戟と宝塔を携え兜をかぶった毘沙門天である。
自分は毘沙門天像をハンカチに包んでリュックサックに仕舞い込み、四つん這いになってまで先を急いだ。無我夢中である。
ちと余談だが、道中、信号を無視して突っ込んでくる荒運転の大型車に轢かれそうになった。また、どこぞのライバルと剣を振るって一戦交えているバルボッサとすれ違いもした。カオスである。
幾多の災難を乗り越えて、自分はようやく例のお寺にたどり着く。約束の時間の、二十分前であった。
鬱蒼と茂る竹林の中はなんとも不気味で、そこだけ日光が入らぬかのようにたいそう薄暗かった。お寺だが入り口には鳥居が立っていて、短い参道の先には賽銭箱とさほど大きくはない金堂らしき建物がある。しかも、すっかり荒廃して壊れきった伽藍であった。障子もズタズタ、木柱も虫に食われてボロボロである。
そんな僻地——参道の脇に、毘沙門天専用の
すると、そのさらに奥に立つ宿坊だか社務所だかの長屋から、
お坊さんは自分を見つけるなり、
「あ、毎度!ご苦労さん!(毘沙門天像を)そこに置いといていいよ!」
と言い、己はお寺をあとにするやご近所さんに喧嘩をふっかけに行ったのである。シュールである。
一方自分は、素直に「はーい」と返事をして、毘沙門さまをこの祠へ戻した。それから両手を合わせ、一言「ありがとうございました」とお礼を告げて、しばし立像を名残惜しげに眺める。
あまりにも寂しかった。大好きな彼とのお別れは、世にも辛かった。それでも自分は帰らねばならない、もとの場所へ。あなたと同じように……。
自分は余韻に浸りつつ、後ろ髪引かれる思いで再び鳥居をくぐり、外へ出た。竹林を抜けると、真夜中でも明るく輝く太陽が出迎えてくれた。
「さてと。ひとまず京都駅まで戻るか……」
帰路は帰路で、さんざん道に迷って多難であったのは言うまでもない。一筋縄ではいかないのが、夢である——。
♡
——カーテンから差し込む朝日で、私は目覚めを迎えた。
ふむ、推し仏のお手を拝借とは。いやはや此度もなかなか、色の濃い旅であったな。屈指の甘酸っぱい夢ではなかろうか———。
※補足
毘沙門天立像はレンタル当日、封筒で送られてきたものと思われる(?)。
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