スカーレット物語~転生勇者♀はイケオジと恋がしたい~

アクア=マリン

プロローグ:パンツ見えてるんですけど。

 高層ビルが立ち並び、行きかう人々は皆家路へと急ぐ。

 そんな人波に紛れ軽い足取りで歩く女がいた。

 彼女の名前は流川るみ子、通称るる子。28歳、OL、独身。


 「ふふふ、今日は待ちに待ったオジ恋2の発売日!」


 突然異世界に聖女として召喚された女子高生カエデが、様々なイケオジと出会い、恋をしたり冒険をしたりして最終的に世界を救う女性向け恋愛アドベンチャーゲーム『オジ様と恋がしたい』。オジ様好きなコアな女性ファンはもちろん、魅力的なキャラクターや完成度の高いストーリーで、男女問わずファンを増やしていった。

 そんな第一作目から5年、ついに待望の続編――というわけである。

 るる子もオジ恋に脳を破壊された一人であり、今はソフトを予約したメイトへと向かう途中であった。


 「ご協力お願いしまーす」


 交差点で信号待ちをしていると、年老いた女性から一枚のビラを手渡された。


 「あー、まだ見つかってないんだ」


 それは行方不明者の目撃情報を求めるものであった。

 5年前、トップアイドルがロケ中に失踪した事件。事件当時はそれはもう世間は大騒ぎであった。警察の捜索はだいぶ前に打ち切られたが、今は家族や有志のファンたちが必死に目撃情報を集めている。だが未だに目撃情報も手がかりも何一つ見つかっていないのが現状であった。ネットでは神隠しではないかともっぱらの噂だ。

 信号が青に変わり、先ほどもらったビラを鞄にしまってから歩き出す。


 「最初は誰から攻略しよっかなー」


 るる子は向かいの道路のメイトへ向かうため、歩道橋を上りながらスマホで公式サイトのキャラ紹介ページを読み始めた。そして歩道橋の下り階段に差し掛かった時であった。


 「あ――」


 るる子は足を踏み外した。




 「おーい」


 誰かの呼び声でるる子は目を覚ました。


 「ん…」


 「あ、やっと起きた」


 目を開けると見知らぬ女がるる子を覗き込んでいた。上半身を起こし辺りを見回すと、そこは真っ白な部屋であった。壁も扉もないだだっ広い部屋。


 「あれ、ここ、どこ…?それにあんた誰?」


 「アタシは女神アリスよ。アナタ、どこまで覚えてる?」


 目の前の凛と佇むきつめな顔立ちの美女は自らを女神アリスと名乗った。


 「確か歩道橋から落ちて…」


 「そうね、それで死んだわ」


 「は?」


 るる子は立ち上がり自分の体を確認する。特に目立った外傷はない。


 「生きてんじゃん」


 「死んでんのよ、ほら」


 そう言ってアリスが指を鳴らすとプロジェクタースクリーンに映されたような映像が浮かび上がる。

 そこには歩道橋から落ちて頭から血を流し、首や手足が曲がってはいけない方向に曲がっている自分の姿が映し出されていた。


 「やだ!!パンツ見えてんじゃん!!」


 「え、気にするとこそこ?」


 「ちょっと、あんた女神なんだからなんとかしなさいよ!」


 「なんとも出来ないわよ。どうせ死んだんだからいいでしょ」


 「良くないわよ!!お嫁に行けないじゃない!!」


 「行けないから安心しなさい」


 「じゃあちょこっとだけあっちに戻しなさいよ!!スカート直したら戻ってくるから――」


 「やかましい!!」


 るる子の脳天に女神のゲンコツが炸裂する。あまりの衝撃と痛みに悶絶してその場にうずくまる。


 「ったく、すこし落ち着きなさい。アナタは死んだ。いいわね?」


 「はい…」


 脳天を押さえ涙目でアリスを睨みつけながら渋々了承する。


 「よろしい。じゃあアナタに与えられた選択肢は2つ。前世の記憶を持ったままアタシが管理する世界に転生するか、輪廻転生するか。どっちか選びなさい」


 「じゃあ輪廻で」


 「アナタね、もっとよく考えなさいよ…。それにオタクって異世界転生が好きなんでしょ?」


 「オタク言うなし。そりゃあちょっとは妄想したこともあるけど、食事とか衛生面がねぇ。それにあんたみたいな暴力女神が管理してる世界なんてロクでもなさそうだしぃ」


 もちろんるる子も興味がないわけではない。しかし中世ヨーロッパ並みの文明、高価なスパイス、劣悪な食事環境、風呂無し、汲み取り式トイレ…など上げればキリがない。とてもじゃないが現代日本の清潔な環境に慣れきっている自分には耐えられる気がしない。


 「……まぁいいけど。それじゃあ輪廻転生でいいのね?」


 「うん、それでお願い」


 「そう…次も人間だといいわね」


 アリスは虚空からタブレットのようなものを取り出して何かを書き込み始めた。同時にるる子の体が徐々に透明になっていく。


 「え、ちょっと待って。次も人間じゃないの!?」


 るる子は慌ててアリスのタブレットを掴んで作業を止めた。


 「あのねぇ、輪廻転生って次の生まれ先や種族は生前に何をしたかで決まるのよ。学校で習わなかったの?」


 「習った気がします…」


 「あと徳を積むようなことしたの?大勢の人を救ったとか、大きな何かを成し遂げたとか。別に本人じゃなくても、それを行った子供を育てたとかでもいいけど」


 「いえ、何も…ただのしがない独身OLでございます」


 「嘘ついたりとか悪口言ったりとかは?」


 「恥の多い生涯を送ってきました…」


 「そう、じゃあ来世は虫かもしれないわね」


 アリスは笑顔でそう吐き捨てる。先ほどるる子に暴力女神と呼ばれた意趣返しのつもりであった。


 「い、いやああああ!!お願い、虫だけは、虫だけはいやなのおおおおお!!」


 泣き叫びアリスの足元にすがる。るる子は虫が大の苦手であった。


 「ちょ、わかったから、離しなさい!!それにまだ虫って決まったわけじゃないでしょ?」


 「さっきの謝るから、異世界転生でいいからああああ」


 「もう、わかった。わかったから泣かないの。ほら飴ちゃんあげるから」


 アリスは虚空から飴玉を取り出して、るる子の掌に乗せた。

 

 「アリス様、大変です!!」


 二人しかいない部屋に、聞き覚えのない誰かの声が響く。


 「なにかあったの?」


 座って飴をなめ始めたるる子の頭を撫でながら、アリスは声の主に応対する。


 「流川るみ子様の転生先の夫婦のことなんですが…その、予定より早く良い雰囲気になっておりまして…」


 るる子から離れタブレットを確認するアリス。


 「え?ちょっと、何勝手におっぱじめてんのよ!?ラミ、止めてきなさい!!」


 「嫌に決まってるじゃないですか!!」


 (飴うまー)


 騒がしいやりとりを遠巻きに眺めていると、アリスが猛スピードでるる子の元にやってきた。


 「時間がないからさっさと転生させるわね」


 「えっ、チート能力は?」


 「。はい、じゃあまた来世でね」


 アリスがそう言い終えると同時に、景色が暗転し意識が遠のいていく。


 「あ、ちょ、このクソ女神いいいいい」


 薄れゆく意識の中、るる子の魂の叫び(物理)だけが木霊した。






 「おぎゃあ、おぎゃあ」


 とある村の一室、たった今この世に生を受けた赤子の産声が響く。


 「奥様、旦那様、元気な女の子です!」


 赤子を抱え上げた助産師が大声で叫んだ。それと同時に部屋の外で待機していた男が勢いよく入ってきた。


 「二人とも無事でよかった…」


 「ふふ、心配性ね」


 助産師から渡された赤子を抱き微笑む妻を見て、男は幸せを噛みしめていた。


 「パパ、この子に名前を付けてあげないと」


 「そうだな。よし、ルルだ。この子はルルティエ・スカーレットだ」

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