2-6.河原
「……非力なこの身体が憎い」
絶好の釣りスポットを前に、オレは打ちひしがれていた。
衰弱した五歳児の身体に、リールを付けたルアーロッドは重すぎたのだ。
持ち上げるくらいはできるけど、キャスティングの負荷に耐えられず、すっぽ抜けて川ポチャするのが目に見えている。
『賢者ちゃん、今の身体で身体強化の魔法を使っても大丈夫かな?』
日本で魔法陣を描く時に何度か使った事があるけど、身体強化後の肉体の負担って大きかった記憶があるんだよね。
『やめた方がいいよ。元の肉体が虚弱だと、反動で身体を壊すよー』
ドクターストップと書かれたプラカード装備の脳内賢者ちゃんが、やめておけと忠告してくれた。
今日は白衣を着て医者のコスプレらしい。
もうちょっと基礎体力を付けてからだね。
「仕方ない。延べ竿でやろう」
一〇〇均で買ったジョイント式の延べ竿なら軽いだろう。
ウキと
水辺の石をひっくり返して釣り餌になりそうな川虫をゲットし、針にちょん掛けして水面に投入する。
――釣れない。
異世界モノなら入れ食いが相場だろうに。
そんな益体もない事を考えつつ、釣れそうなポイントにキャストする。
途中で練り餌に変えたり、撒き餌をしたりしてみたが変化なしだ。
「ソナーが欲しい」
『索敵魔法でいいじゃない?』
「それだ!」
脳内賢者ちゃんが水着姿で日光浴をしながらアドバイスをくれた。
オレはさっそく、パッシブ・サーチの魔法で水中の魚群を調査する。
反応がほとんどない。
――魚がいないのか?
『パッシブでダメなら、アクティブなヤツでやったら?』
「それだ!」
賢者ちゃんセレクトの「異世界で役立つ魔法」シリーズにあった、探査波を照射するアクディブ・ソナーっぽい
――いるいる。
でも、全然動く様子がない。
探査波を浴びた瞬間に、敏感な魚が身じろぎした程度だ。
活性が悪いというか、岩の下や窪みに隠れている?
そういえば、ここに来た当初は鳥とかも鳴いてなかったっけ。
ここの魚は鳥や虫よりも警戒心が高いらしい。
「これはダメだな」
さすがにこんな状態じゃ釣りどころじゃない。
オレは諦めて釣り道具を片付ける。
記念すべき異世界初の釣りは、ボウズで終わってしまった。
次は必ず爆釣してみせる。
あいるびーばっく、だ。
◇
「さて、本来の用事を済ますか」
元々は複製魔法に使う素材を回収しに、外へ出たかったのだ。
河原の砂地の奥には、増水した時に打ち上げられたらしき枯れた流木や何かの骨が転がっていた。
その周りには落ち葉や枯れ枝が積もっている。
それらをウィッチ・ハンドで集め、一〇〇均のバケツに川の水を汲む。
当然ながら、非力な今の身体で水の入ったバケツを持ち上げられるはずもなく、ウィッチ・ハンドで運ぼうとして盛大に砂地にぶちまけてしまった。
仕方なく、
空のペットボトルは二〇本くらいあるけど、一〇本くらいで疲れたので、そこで打ち止めにした。
「まずは一番消費したヤツから」
これらを素材に消耗したお粥のレトルトパックを複製する。
――失敗。
何かが足りない感じだ。
「お粥なんて、
微少元素は落ち葉の山からゲットできるはずだし、何が足りない――そうか、忘れていた。
オレはインベントリのゴミ領域から、中身のないレトルトパックの袋を回収して素材に追加する。
ついでに塩も足しておこう。お粥に塩が入っているはずだ。
一キロパックの重さに辟易しながら、素材の山に並べる。
オレは満を持して複製魔法を発動した。
「――できた」
何度か失敗したモノの、お粥のレトルトパックが複製できた。
オレはまだまだ半人前なので、コピー元の製品と複製用素材を目視しながらじゃないと上手くコピーできないようだ。
それはいいんだけど――。
「マジか……」
塩のパッケージが溶けて、中身の塩が零れてしまっている。
そういえばポリ袋も分子式は
そう考えたら、塩の袋が素材に使われるのも予想して然るべきだった。
失敗、失敗。
次からはこの経験を生かして、こんどは陶器やガラスの器とかに入れるようにしよう。
まだ塩の袋には半分以上残っていたので、インベントリの中にあった一〇〇均の陶器壺に移して収納しておいた。
今日の複製素材は地面に零れた分で足りるだろう。
オレは気を取り直してお粥のレトルトパックを複製する。
魔法を発動するたびに強風が吹くのは、空気中の元素を何か消費しているからだろうか?
「それはいいけど――」
一回に複製できるのは一個ずつなので、なかなか大変だ。五つも複製すると、同じ詠唱をするのが面倒になってきた。
「賢者ちゃん、電話のリダイアルみたいに、同じ詠唱を繰り返す方法ってない?」
『あるけど――』
脳内賢者ちゃんがこめかみに人差し指を当てて難しい顔をした。
『――なんか術式の情報が欠落しているっぽい』
「どういう事?」
『ちょっと待って、調べる』
どこかのとんち坊主のようなポーズで座禅を組む。
ぽくぽくぽく、チーンと音が聞こえてきそうなタイミングで、脳内賢者ちゃんが目を開けた。
『理由は分からないけど、知識の大部分が
――覚えようとしない限り、そのうち忘れちゃうから気にしなくていいわ。
脳内賢者ちゃんの言葉がトリガーとなって、転生前にリアル賢者ちゃんに言われた言葉を思い出した。
残念だけど、一部でも残っているだけありがたいと思おう。
結界とか浄化とかウィッチ・ハンドのない生活なんて考えられないし、複製魔法がなかったら日本から持ち込んだ品を補充できないしね。
「賢者ちゃん、基礎知識の範囲で同じ詠唱を繰り返す方法ってある?」
『ないなー。全く同じ品を複製するだけなら、魔法陣で補助する事もできるけど、たぶん魔法陣を作る方が面倒だよ?』
オレはインベントリ作成や界渡りに使った魔法陣を思い出して首肯した。
あんな面倒なモノを何度も作りたいとは思わない。
『まあ、頑張って魔法に熟達するのが早道だよ。慣れたら、同じ品を何個も同時に複製したり、違う品を纏めて複製したりできるようになるから。さっきみたいに塩の袋を先に素材にして崩れる事も無くなるよ』
脳内賢者ちゃんが言うには、複製時の素材は優先度をイメージする事で指定できるようだ。
賢者ちゃん並みに熟達したら、「拡大縮小といったコピー機みたいな複製」や「素材を一部変更して複製」なんて神業も使えるようになるらしい。
『魔法の繰り返しってのとはちょっと違うけど、結界や放出魔法ならチャージって技もあるんだけどねー。複製魔法には向かない技術なんだよ』
詠唱破棄や無詠唱に近い技術で、事前に詠唱しておいた魔法をチャージしておいて、必要な時に無詠唱なみの速さで魔法を使えるらしい。
しかも、チャージしてある魔法は、通常使用するときよりも目立たないそうだ。
たいていの魔法の発動には派手派手しい発動光が出るけど、チャージしてある魔法は昼間だと発動光すら気付かないほど地味に発動できるらしい。
賢者ちゃんは一〇種類くらい常にチャージしていたらしいが、賢者ちゃん以外の魔法使いにできるのは三種類がやっとだったそうだ。
『やってみる?』
脳内賢者ちゃんの指導で試してみたけど、相当難しい技術らしく、たった一つのチャージすらできなかった。
なかなかラノベ主人公みたいにはいかないね。
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【あとがき】
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※拙作「デスマーチからはじまる異世界狂想曲」の漫画版15巻とスピンオフ漫画2巻が発売中です。こちらもよろしくお願いいたします。
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