インビンシブル・レコード

オルカゼ

エピソード1:魔法時代の平和な日常

01:夢と願いと現実

 



「ごめんなさい」



 ぼんやり揺らめく記憶の中で、誰かの声が聞こえた。

 今にも霞んで消えてしまいそうな、一人の少女の声だった。



「私、何も守れなかった。何も残せなかった。あんなにたくさん、あなたに救われたのに、私、ずっとずっと貰ってばかりで、何も返せなかった」



 記憶の中の世界は、何もかもが朧げだった。

 霧に包まれたみたいに曖昧で、逆光を浴びているみたいに視界がかすれていて。

 だけど、鼻の奥を焼き焦がすような血の匂いだけは、どこまでも鮮明だった。



「―――『     』は、生きて」



 不意に名前を呼ばれ、一瞬だけ、意識が冴える。

 体のあちこちに血を滲ませる少女が、ぎこちなく笑っていたのを見た気がした。



「今さらだけど……何もしてあげられなかったけど……でもせめて、あなたのお願いだけは、絶対に叶えてみせるから」



 夢が終わる。世界が暗転していく。

 記憶の奥に閉じ込めた『あの日』の景色が、どんどん暗闇に落ちていく。



「あなたを一人にして、ごめんなさい」



 多分、それが終わりの合図だった。

 色を失っていく世界に、少女の声だけが響く。




「今までありがとう。さよなら、『     』」




 その瞬間、何もかもが崩れ去り、黒一色の世界を真っ逆さまに落ちていく。

 次に意識を揺さ振ったのは、目蓋の隙間から差し込む光だった。


 目が覚める。

















        ***
















 ―――――まずは簡単な歴史から振り返ってみようか。




 これまで一〇〇年近く、人類の存続を脅かしてきた謎の敵性生命体『魔獣』。その恐ろしさは、君も知っての通りだよ。


 彼らは神出鬼没な上に、めちゃくちゃ強くてね。

 しかも、普通の兵器じゃ傷一つ付かない。

 初めて魔獣が現れたのは一九七〇年頃だけど、その数年後には、人類の総人口は一〇分の一になっていたって話だ。それくらい、人類にとっては無茶苦茶な存在だったんだよ。


 でも、人類だってやられっぱなしじゃなかったんだよ?

 後退を余儀なくされながらも、魔獣と戦う技術を必死に磨いてきたんだ。




 そう、その通り。

 それが、僕らの使っている『魔法』さ。




 正式名称は『魔術法則運用法』。自然現象や物理法則を意図的に変質させて、色んな現象を起こす最先端科学技術。

 人類はこの魔法で、ちょっとずつ魔獣を退けていった。


 最初は、指先から火の粉を出す程度のものだった。

 でも、それがいつしか炎になり、山よりも大きく膨れ上がり、気付けば魔獣の侵攻を押しのけるほどの力になった。立派な兵器として成長していったんだ。


 奪われた土地を、だんだんと取り返せるようになって。

 人々は、より大きく一致団結できるようになって。

 もう二度と大切なものを奪われないように、魔法の力をますます強く、鋭く尖らせていった。




 そして、一〇年前の事だ。

 ついに人類は、本格的に魔獣への反撃を始めたんだ。






 

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