ボレアリオス

ちゃむ

第1話

 ここは巨大火山。毎日のように大規模噴火を繰り返し、あたりは溶岩の川や湖が張り巡らされていた。そんな過酷な環境をものともせずに平然と暮らしている生物がいた。

「グォオオオ!!」

 一際大きな雄叫びをあげながらティラノサウルスが炎の海を突き進む。その体はまさに竜そのもので、背中には翼のような皮膜があり、そこから火を噴いていた。


 この恐竜の名はボレアリオス・レックス。体長は30メートルを超えており、体重に至っては推定100トン以上もあるという超重量級だ。


 そのボレアリオスがいる火山に、一人の人間と一匹のドラゴンの姿があった。

「うわぁ……これはまたすごいな」

 ボレアリオスを見上げながら感嘆の声を上げる。

「グルルルルッ!」

 隣にいるドラコニスが嬉しそうに吠えた。

 ドラコニスとは、地球にいた頃から一緒にいた相棒である。

 俺がドラコニスに乗っている理由は、いつかドラコニスと一緒に宇宙まで飛んでみたいからだ。だが今は、まず目の前の問題から片付けなくてはならないだろう。


「さて、どうしたものか……」

 俺はため息混じりに呟く。

 目の前にある問題というのは、ボレアリオスのことではない。いや、もちろんそれも大きな問題なのだが、もっと別の問題があったのだ。それは、ここがどこなのか分からなくなってしまったということだ。


 大体3日前のこと。とある国でちょっとやらかしてしまい、国防軍から追われるハメになってしまった。ドラコニスに乗り、なんとか国防軍から逃げ切れはしたが、非常に危険な場所に迷い混んでしまった。

 ドラコニスは平気なようでピンピンしているが、俺は少し疲れていた。どこか休める場所はないだろうかと考えていると、目の前に大きな山が見えてきた。


 最初は火山でも登ってみようと思ったのだが、ふと思い直してやめた。よく考えれば、こんなマグマだらけの場所では休むこともできない。それに火山の噴火に巻き込まれても嫌だしな。


 すると、ボレアリオスが俺たちのところに近づいてきた。そして、こちらの様子を伺っている。

「ガァアア!!」

 その時、ドラコニスがボレアリオスに威嚇した。

「おい、やめろドラコニス!」

 俺は慌ててドラコニスを止める。

 ドラコニスはとても頭がいいのだが、たまにこうして誰にでも噛み付くことがある。まあ、それだけ自分の強さに自信があるということなんだろうけど……。


 しかし、ボレアリオスはびくともせずにこちらを見ていた。大抵の生物はドラコニスに威嚇されると逃げ出してしまうのだが、このボレアリオスはかなり肝が座った奴らしい。


 襲いかかってくる訳でもないらしいので、俺たちは探索を続けることにした。その時、とてつもない地鳴りが響いた。地面が大きく揺れ動く。

 噴火の兆候だ。ここに来てから何度か体験しているが、今回はやけに規模が大きい気がする。

「おいドラコニス!逃げるぞ!」


 俺はそう言って、急いでその場を離れようとする。だが、足下がおぼつかないせいで上手く走れなかった。ドラコニスは飛べるので地震の影響をまったく受けなかったが、俺を置いて行くことはできないようだ。


 ドゴォオオン!!

 大地が激しく揺れ動き、巨大な火柱が上がる。熱風が吹き荒れ、あたり一面に炎の海が広がる。

「ぐっ!?」

 あまりの暑さに思わず膝をつく。このままだと死ぬかもしれない。


 ドラコニスが俺を口で持ち上げ、背中に乗せた。そして急いで火山から離れ始めた。

「キュワ!!」

「ドラコニス!?」

 ドラコニスが突然地面に落下した。よく見ると、羽をケガしている。まさか、落石にやられたのか?しかし、ドラコニスなら落石くらい素早い動きで避けられるはず……。


 素早い動き……まさか。俺を乗せていたせいでいつもの素早さを発揮できなかったのか?俺は慌ててドラコニスを抱き抱えた。

「ドラコニス大丈夫か?」

「クゥ〜ン……」

 ドラコニスは申し訳なさそうにしている。

「気にすんなって。それより早くここから離れないとな……」


 しかし、まだ火山からは巨大な火柱が絶え間なく上がっていて、落石も激しく、溶岩も迫っていた。とてもじゃないが逃げ切れるような状況ではなかった。

 俺はドラコニスに乗ろうとしたが、なぜか体が動かなかった。どうやら体力の限界がきているようだ。俺は意識を失いそうになりながらも必死に耐えた。ここで気絶したら、もう助からないだろう。


 しかし、無慈悲にも落石が俺に向かって来ていた。

「ギュワッ!!」

 それをいち早く察知したドラコニスが俺を庇い前に出る。

「ドラコニス!」

 迫り来る落石を前にしても臆することなく立ち向かう様子は、どこか雄々しくもあった。


 そして、落石は容赦なくドラコニスを襲う。なんとか耐えていたが、とうとう膝をついてしまった。

「グルルルッ……」

「ドラコニス、無理をするな!」

 俺はドラコニスを助けようと駆け寄ろうとするが、うまく足が動かない。

「くそっ、動けよ……」

 俺は自分の体を呪った。


「……ドラコニス、俺はもういい。ここから逃げるんだ。お前だけでも生き残るんだ」

「クーン……」

 ドラコニスは俺から離れようとしなかった。「頼むから言うことを聞いてくれ……。このままじゃ二人とも死んでしまう。だから、行ってくれ……。俺のことは置いていってもいいから……」

「グウウッ!」

 ドラコニスは首を横に振った。


 比較的ゆっくりだった溶岩も、すぐそこまで迫っていた。未だ降り続ける落石も、今の俺たちには二周りも大きく見えた。そして、とどめと言わんばかりに落石が真っ直ぐ俺たちのところに向かって来ていた。

「くそぉおおお!!!」


 ドカァ!!

 その時、何か凄まじい力によって俺は弾き飛ばされた。不思議と痛くはなかった。

 ドラコニスが俺を突き飛ばしたのかと思い体を起こすと、ドラコニスも一緒に飛ばされていたようで、俺の隣で倒れていた。


 そして後ろを振り返ると、そこにはボレアリオスがいた。ボレアリオスが俺たちを守ってくれたのだ。

「ボレアリオス!?どうして……?」

「グルル……」

 ボレアリオスは俺を口にくわえ、背中に乗せた。溶岩がボレアリオスの足を覆うが、平気のようだ。俺たちはボレアリオスの巨体の上にいるお陰で、溶岩の脅威からは逃れた。問題は落石だ。


「ガァアアッ!!」

 ボレアリオスは迫り来る落石を次々と体や頭で受け止め、時には噛み砕くこともあった。かなりの数の落石をくらっているはずだが、ボレアリオスは微塵も体力を消耗していない様子だった。

「すごい……。ボレアリオス、ありがとう!」

「グルルー♪」

 ボレアリオスは嬉しそうな声を上げた。


 そこに、今までよりも遥かに大きな落石が降ってきた。流石のボレアリオスでも直撃したらひとたまりもないだろう。

 すると、ボレアリオスが足を大きく開き、息を大きく吸い込み始めた。

 ボレアリオスからの熱気も伝わりブレスで迎え撃つ気なのだと察した。

「いけぇえー!!!」

 俺は思わず叫んでいた。


 そして、遂に落石が目前まで迫ったその時、

「ギュオオオオッ!!」

 ドゴオオォォォォォーーーーン!!

 ボレアリオスは思いきり口から炎の渦を放った。その大きさはあの火山を丸ごと飲み込んでしまうのではないかと思わせるほどの大きさで、一瞬にして落石を飲み込んだ。マグマさえも蒸発させてしまうほどの威力だ。


「すげぇ……」

「グルルオーン♪」

 ボレアリオスは得意気に胸を張っていた。どうやら先程の炎の渦は自分の全力ではなかったらしい。しかし、それでも落石を消し飛ばすのに十分すぎるほどだった。


 思えば、ボレアリオスは何万年もこの過酷な火山を住みかにしている。この程度の噴火など、大したことないのだろう。

「ガアッ、ガアッ♪」

 隣でドラコニスが嬉しそうに鳴き始めた。火を見ると喜ぶのはドラコニスの習性だ。とはいえ、疲労のせいでいつもより控えめだが。俺はそんなドラコニスを見て少し安心した。


 それから数分後、火山の活動がようやく収まったようだ。さっきまでの熱気が嘘のように引いている。

「ふぅ……」

 俺は大きくため息をつくと、疲れがどっと涌き出てきた。ドラコニスも同じようで、まったく動こうとしない。


 するとボレアリオスは、俺たちを乗せたまま歩き始めた。

「グルルッ!」

 ボレアリオスは洞窟に向かっているようだった。俺はボレアリオスに聞いた。

「もしかして、俺たちを運んでくれるのか?」

「グルッ!」

「そうか……。ありがとな、ボレアリオス」


 次の日、ドラコニスはすっかり回復した様子で、洞窟の周りを飛び回っていた。俺はまだ疲れているので洞窟の中で横になっている。昨晩は本当に大変だったが、なんとか生きて帰ることができた。俺はボレアリオスに感謝していた。


「ボレアリオス、お前のお陰で助かったよ。ありがとう」

「グルゥ〜」

「うわっ!?」

 ボレアリオスは頭を俺に優しくこすりつけてきた。どうやら感謝されていることが伝わってるみたいだな。


 突然、火炎放射がボレアリオスを直撃した。ボレアリオスはよろけることなくすべて受け止めた。

「ガァアアッ!!」

 そこには怒ったドラコニスが立っていた。

 あぁ、これはあれだ。ドラコニスの独占欲というやつだ。俺が他のドラゴンと話しているだけで、嫉妬してしまうのだ。


 ボレアリオスの強さは昨日体感済みだ。正直、ドラコニスが本気で挑んでもあっさり負けると思う。それはドラコニスもわかっているはずだが、それでもドラコニスは戦うつもりのようだ。


 ドラコニスが空中に飛び上がり、身体中のエネルギーを口元に集め始めた。

 キュイイイイイイッ!!

 ドラコニスの口内が激しく光る。やはり本気で戦うらしい。

 ゴオオオォォ!!

 そして、ドラコニスの口から凄まじい炎が吐き出された。並の竜でもくらうとひとたまりもない。


 ボレアリオスもそれに応えるようにブレスを吐いた。しかし、落石を防いだときのような極太の炎ではなく、ドラコニスに合わせてかなり手加減したブレスだった。


 2匹の炎がぶつかり合い、拮抗する。お互い一歩も譲らない。

「ギュオオオオッ!!」

「グルルル〜♪」

 莫大な力を持つボレアリオスにとっては、もはや遊んでいるような感覚なのだろう。しかし、それではドラコニスは納得できないようだ。

「グォオオオーーンンッ!!!」

「グルルルー♪」

 突如、ドラコニスが雄叫びを上げ、ボレアリオスに突っ込んでいった。ボレアリオスも楽しそうに受けて立つ。


 よく見ると、ドラコニスも楽しそうな表情だった。思えば、普段力をもて余しているドラコニスにとって、本気で戦える相手は貴重なのだ。俺は思わず笑みを浮かべていた。やっぱり、ドラコニスとボレアリオスの関係は微笑ましい。

「ギュオオオオン!!」

「グルルー♪」


 俺は貴重なドラコニスの本気の姿を見ながら、傷んだ体を休めていた。

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