舞い散る木の葉

 下手に上空から見下ろすのは止めて大人しくミュールの後を追うと、とある大樹が目に入った。


 森の中でも頭一つ抜けて生長しているその木には通常のサイズとは比較にならない大きさの蜘蛛の巣が張られており、まるで「ここは自分の縄張りだ」と強く主張している様に思える。


「見ての通り、ここが『水誑の蜘蛛エントルーペ・アライグリー』の住処らしいね。巣の大きさを見る限り、かなり大きく育っているみたいだ」


「あいつら、普通の奴でも酒場の机と同じ位にはなるからな。こりゃ骨が折れるぞ……」


 普通で酒場の机くらいというと、大体百センチくらいか。そんなサイズの蜘蛛が普通にいるという事実が既に恐ろしいが、今回の討伐対象はどうやらそれ以上に大きいらしい。


『一体、どんな化け物なんだ……』


 生い茂る木々に目を配ると、葉の隙間がやたらと暗い箇所を見つけた。


 どうして暗いのかよく観察してみると、暗い箇所と明るい箇所の境目では何やら細長い何かが蠢いていた。


 数は左右に四つずつ。


『——確か、蜘蛛の脚も八本だったような……』


 まさかと思って再度目を向けた時には怪しい影は消え、その場に一つ木の葉が散っていた。


 そして今、俺達の上空にも木の葉が舞う。


「——うわぁぁぁぁ!!!」 


 突如森の中に響くウォルターの叫び声。


 急ぎ後ろを振り返ると、一匹の巨大蜘蛛がウォルターを自らの糸で絡め捕っていた。


 それを見た瞬間、ミュールは背負っていた剣と盾を手に取って走り出す。


 足元から岩を迫り上げて足場にすることで高さを確保し、そこから跳躍して一瞬で巨大蜘蛛の元へと辿り着いた。


 流石は土属性最強と謳われることはある。技の練度が段違いだ。


 ミュールは手に持った剣を振るい、ウォルターを絡め捕っていた糸を切断する。


 蜘蛛は驚いたのか、すぐにウォルターを手放してその場を離れ、再度大樹へと飛び移った。


「油断しすぎじゃないか?」


「うるせぇ!」


 助けられたウォルターは自身に纏わりついた糸を剥がし、背中の武器に手を回す。


「その威勢があれば十分だ。アルカディ君も、準備はいいかな?」


「大丈夫です」


 今の救出劇が行われている間に風剣の準備は済ませている。


 俺達三人は各々の武器を構え、水誑の蜘蛛エントルーペ・アライグリーへと立ち向かう。


 一方の水誑の蜘蛛エントルーペ・アライグリーは距離を取り、自身の蜘蛛の巣へ糸を伸ばした。


 水誑の蜘蛛エントルーペ・アライグリーと繋がった蜘蛛の巣はその表面に水滴を幾つも浮かび上がらせていく。


「――総員、防衛準備!」


 ミュールは鋭い声を響かせ、盾を前面に構えた。


 それを聞いたウォルターは慌てて盾を構え、俺も守風プロテラで壁を作り出して攻撃に備える。


 水誑の蜘蛛エントルーペ・アライグリーは自身の蜘蛛の巣に出来た水滴から魔力を水に変換して放出した。


 それはまるでウォータージェットの様に周囲の木々を切断しながら俺達の方に向かってくる。


 だが、それらが俺の守風プロテラに当たることはなかった。


 ――何故なら、先頭に立つ男の盾がを受け止めていたから。


「あれは……!」


 ミュールは構えた盾から、正面に更なる土の障壁を作り出した。


 放出された水は土の障壁とぶつかるが、その守りを崩すことは出来ず、水誑の蜘蛛エントルーペ・アライグリーは水砲の照射を止めた。

 

 これで一安心だと防御を崩したのも束の間、今度は上空から先程の水砲で切断された木々が降り注いでくる。


「——風球リーセ!」


 俺は魔力を目一杯込めた一撃を上空へと放つ。


 風球リーセは落下する木々に触れた瞬間破裂し、それらを周囲へ弾き飛ばした。


「助かったよ。ありがとう」


 ミュールはこちらにお礼を述べた後、地面から無数の土石を引っ張り出す。


 それはまるで自分の手足の様に操られ、次々に水誑の蜘蛛エントルーペ・アライグリーへと襲いかかっていく。

 

 圧倒的な質量で攻撃された水誑の蜘蛛エントルーペ・アライグリーは流石に参ったのか、木々の頂上付近まで飛び上がり、土石を上手く躱していく。


「あそこまで行かれると、中々手が出ないね。どうしたものかな……」


 ミュールは土石での攻撃を止め、頭を悩ませている。


 ウォルターも攻撃手段がないのか、完全にお手上げだとアピールしていた。


「――分かりました。ここは俺が何とかします」


 俺は二人にそう告げ、上空へと飛び上がった。



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