銘創(めいそう)魔術使いの異世界英雄譚 ――神様にもらった力、俺との相性が良すぎるせいで完全に化物染みた性能になってしまいました――

フェイス

プロローグ

俺はヒーローなんかじゃない

 自分には、ちょっとした特殊能力がある。


 いわゆる「瞬間記憶カメラアイ」ってやつで、見た物を瞬時に記憶することが出来る能力だ。


 しかも一度記憶したらずっと覚えていられるから、俺は今まで一度も物忘れをしたことがない。


 この力は俺の人生における数多くの危機を救ってきた。


 例えばお正月。母親に「失くしたらダメだから、お年玉は預かっておくからね」と言われて根こそぎ分捕られた経験、一度くらいはあるのではないか。


 無論、俺もある。


 あの悪逆非道な行為に全小学生は涙を飲んだことだろう。


 何故なら大抵の場合、お年玉を返せと口酸っぱく言ったところで「そんなの預かってない」の一点張りでゴリ押されてしまうからだ。


 だが、俺にはその戦法は通用しない。


 いつどこで誰からもらったお年玉をいくら渡したのか、すべて覚えているのだ。それを懇切丁寧に説明するだけで、俺のお年玉は無事に懐へと帰ってきた。


 とまぁこのように、この能力はとても有意義なものなのだが、当然、デメリットも存在する。例えば――。


「なぁヒナト、今日のテスト範囲って何ページだっけ?」

 

 ……これとか、な。

 

   * * *


「毎度思うけどさ、お前ら俺を喋るメモ帳か何かと勘違いしてねぇか?」


「いいじゃんいいじゃん! 頼むよぉ~教えてくれよ~」


「ええぃ、鬱陶しい! 離れろ!」


 小学校からの友人、いや、腐れ縁のサトルによる粘着攻撃を何とか振り解く。


 この能力の最大のデメリットは、こうして他人からアテにされることなのだ。


 テストの範囲や授業内容、課題の提出日に持ち物、今日の日替わりランチのメニューなどなど、学校の中だけでも俺をアテにする輩が五人は現れる。


 「他の奴にも聞けよ」と何度も返したが、その度に「お前に聞いた方が確実じゃん」と返される。


 極めつけには先生までもが俺を頼りにしてくるのだから、変に目立つことも少なくない。


 最も、毎日のように聞いてくる輩は俺の記憶する限り一人しかいないが。


「……お前はいつになったら自分で覚えることを覚えるんだ?」


「覚えることを覚えるって、何、ゲシュタルト崩壊でも狙ってるの?」


「狙ってねぇよ」

 

 これ以上今のこいつと会話すると頭が痛くなりそうだ。

 

「……数学と英語、どっちのテスト?」


「数学……って、え? 英語もテストあるの?」

 

 こいつもうダメだ、救い様がない。

 

「数学は三十七から四十八ページ。英語は前回のプリントに載ってる単語二十個な」


「サンキュー! 英語は……五限か、ならオッケ! 昼休み使えばいけるいける!」

 

 サトルの表情に余裕が生まれる。


 こいつの能天気さというか気楽さには、見てるこっちが心配になってくる。

 

「お前さ、そろそろ計画的に動けるようにならねぇと死ぬぞ」


「大丈夫だって! オレ体丈夫だし!」

 

 確かにコイツの身体は頑丈だからそう簡単に死ぬことはないだろう。


 だが、何も「死」ってのは身体的なものだけではない。

 

「――来週からだぞ、期末テスト」


「……ゑ?」


   * * *


 学校が終わり、俺は帰り道を紙袋片手に満足顔で歩いていた。

 

「……お前さ、ちょっとくらい手心加えてくれてもいいじゃん……」

 

 俺の横では、サトルが財布をパカパカと開いて泣きそうになっている。

 

「仕方ねぇだろ。スタンプが十個溜まったんだから」

 

 ちなみにスタンプとは俺の脳内にある「サトルの頼み事スタンプカード」のことだ。


 名前の通りサトルが俺に頼みごとをするとスタンプが一つ押され、十個溜まると俺がサトルに何か言うことを一つ聞かせられるというものだ。

 

「だからってスダパの特大サイズにケーキまでつけやがって! お蔭ですっからかんじゃねぇか!」


「なら、これに懲りて少しは自分で覚える習慣をつけることだな」


「いや、それは無理」


「無理じゃないが」

 

 他愛もない話をしながら大通りを歩いていると、少し離れたところにある路地の入口から一人の男がソワソワした様子で出てきた。


 見た目はグレーのパーカーに黒のズボン。髪はボサボサでお腹はポッコリと膨らんでおり、見たところお洒落とは言い難い風貌だ。


 それにあの顔、前に見たことがある。確かテレビに映っていた……。

 

「? どうした?」

 

 サトルが何か言っている。が、返事をする余裕はない。


 何故なら今、男のポケットに入っている銀色をした悪意の塊が見えてしまったからだ。

 

 ――包丁あんなのを裸で持ち歩いてるって、普通じゃない。

 

 気づいた時には、持っている紙袋と鞄を投げ捨てて走り出していた。


 男は何かに気づいた様子で再び路地に体を隠し、左を向いたままじっとしている。


 奴の視線の先では、先程から赤いランドセルを背負った女の子がこちらへ向かって歩いてきていた。


 女の子の足が路地の前を通り過ぎるその瞬間、待ち侘びていた様に闇の中から勢いよく魔の手が伸びる。


 男の手が女の子に触れる寸前、俺は全速力で闇の中をめがけて体を押し付けた。


 こちらのことは気にもしていなかったのか、既に路地から半分以上体を出していた男は地面へと無様に転がる。

 

「逃げろ!」

 

 俺は男に被さるような形で一緒に転び、そのまま両手を押さえつける。

 

「は!? んだよお前!」

 

 俺の声が届いたのか、それとも急に男二人が組合いを始めたのが怖かったのか、女の子はその場から一目散に走り出す。


 少しでも時間を稼ごうとそのまま押さえつける俺の腹に、男の未だ自由な状態にある右足がめり込んだ。


 人体の急所として名高い鳩尾みぞおちを抉られ、奥の神経が敏感に反応する。


 思わず手に込めていた力が抜けた瞬間、男は俺の手を振り払う。


 今度は、俺が男に押さえつけられる番だった。

 

「クソが! どいつもこいつも、邪魔ばっかしやがってぇ!!!」

 

 男に跨られ、身体の自由を失う。その中で、唯一まともに動かせる顔を男の方へ向ける。

 

『あぁ、やっぱり。こいつあれだ、二年前にテレビで報道されてた誘拐事件の犯人』

 

 目の前の男は逆上したままポケットに手を突っ込む。


 男が何をポケットから取り出すのか、俺には分かっている。


 故に、その先の結末が一瞬脳裏をよぎった。


 必死に抵抗するが、元々細身である自分の身体では太った成人男性の身体を押し退けれる筈もなく。


 男は取り出した銀色の塊をそのまま俺へと突き刺した。


 喉の辺りで何かが焼き切れた感覚を覚えたが、それが何なのかを理解することは出来なかった。

 

   * * *


 目を開けると、そこは真っ白な空間だった。


 いや、厳密に言うと目は開けていないし瞬きもしていない。


 というか、動かせない。


 目も、頭も、手も、足も、何もかもが自分の身体じゃないように感じる。


 まるで、意識だけこの場に置かれているような――。

 

「状況確認は済んだか?」

 

 その声と同時に、視界の上端から一人の女性がフワフワと降りてくる。


 この場の重力が月レベルにまで弱まっているのか、それとも彼女が魔法か何かを使っているのか。真相は不明だが、今置かれている状況が普通でないことだけは理解できた。

 

『ここは?』


 いつも通り喉から声を出そうとしても、掠れ息の一つすら出ない。喉の不調を訴えようにも、あるはずの腕が動かない。


「ここは天界。我ら神が住まう場所じゃ」


 俺は衝撃を受けた。


 言葉を発していないのに、彼女は俺の質問に答えてきた。


 そして「天界」、「神」という単語。

 

 何が、どうなってるんだ。


「まぁ、気持ちは分らんでもないぞ。これは我の気紛きまぐれでやったことじゃからな」


 再度衝撃を受ける。


 今のは喋ろうとしたわけではない。ただ頭の中で考えていただけだ。


 それなのに、まるで会話をしているかのように彼女は返答を返してくる。

 

『心を、読んでいるのか?』


「……ほう、察しがいいのう」


 本当に読まれているのか。


 半分冗談のつもりで言った(?)のだが、彼女の反応から信じざるを得なかった。


『あなたは?』


「そうか、まだ名を名乗っていなかったか。朝村比銘人あさむらひなとよ」

 

 段々怖くなってきた。


 何で俺の名前を知ってるんだ。初対面のはずなのに。


 見知らぬ場所で見知らぬ状況に置かれ、見知らぬ女性に名前を知られている。おそらくこれまでの人生でトップスリーに入る恐怖場面だ。


「我はエルヴィラ。神じゃ」


『……えっ、終わり!?』


「なんじゃ、これ以上の説明がいるのか?」


 エルヴィアと名乗る目の前の女性は空中に留まったまま足を組み、不満げな視線をこちらへ向ける。


 ……確かに、今は彼女の素性よりも知るべきことが沢山ある。


 先ほどから感じるこの違和感。


 それに、記憶が正しければ俺はさっきまで包丁を持った不審者と路上で取っ組み合いをして、それで……。


 ――ゔぉえっ!!!


 ちょっと思い出すだけで、包丁を突き付けられた瞬間が目に浮かぶ。


 激高げきこうする男の顔。陽の光に反射する刃。噴水のように飛び散る鮮血。その一瞬一瞬を超高性能カメラで撮って、目の前に無理やり張り付けられているような気分だ。

 

『今の自分に口がなくてよかった……。危うく胃の中の酸をぶちまけるところだった』


「いや、今のお主に胃も胃酸もないじゃろ。魂だけなんじゃから」


 それもそうか、と聞き逃すには余りある一言が聞こえてきた。


『……魂』


 生物の中に宿るとされ、たとえ肉体が滅びても存在し続ける不滅の精神体。


 それが、今の自分だというのか。


「お主の肉体からだは死んだ。ついさっきな」


 さらっと告げられた死亡宣告。


 あれだけ血が吹き出れば即死してもおかしくはないが、信じられない。信じたくない。


『俺が死んだ後、どうなったんですか?』


 信じたくはない。が、実際のところどうなったのかは知りたい。


 女の子は助かったのか。俺を殺したクソ野郎は逃げたのか、捕まったのか。


「あの女子めのこならそのまま走って逃げていったな。その後、阿保面の男子おのこが同じ格好をした若い衆を引き連れてお主を取り囲んでおったぞ」


 あの女の子は無事だったのか。


 アホ面の男子はサトルで間違いないとして、同じ格好をした若い衆っていうのは警察のことだろうか。だとしたら俺を取り囲んだって言ってたし、近くにいたであろうアイツもそのまま逮捕されたのだろう。

 

『じゃあ、結局死んだのは俺だけってことか』


「先は見とらんかったが、まぁそうじゃろうな」


 咄嗟に身体が動いたとはいえ、結果的に女の子を救うことが出来たのならよかったよかった。


 なんて、そう思えるほど俺は立派じゃない。


 俺は決して、ヒーローなんかじゃない。


 そう、ヒーローは人々を助けてなおからヒーローなのだ。


 小さい頃齧り付く様に見ていた、テレビに映る俺の憧れは皆そうだった。


 カッコよくて、勇気があって、強い。


 彼らのような圧倒的で絶対の強さは現実には無い。無いからこそ、無我夢中で憧れた。


 そして年を重ねて理解する。彼らの様にはなれない、と。


 だから、どうせヒーローになれないのであれば俺の人生は俺のために使うべきだったのだ。それを頭では分かっていたはずなのに。

 

 どうしてあの時、目の前で走るヒーローの背中を追いかけたのか。


「なんじゃ? 暗い顔しおって」


 怪訝そうな表情を浮かべるエルヴィラ。


「我はお主を買っておるのだぞ。朝村比銘人よ」


『買っている? 何を?』


「お主、見たところかなり目が良いな。それに判断も早い。我の見立てなら、お主が適任じゃろうて」


 一体何の話をしているんだ?


 褒められているのは嬉しいが、死んだ今となってはその賞賛も意味を成さないだろう。


 状況を受け入れ始めた代わりに自暴自棄の沼へ嵌っていく俺を見て、エルヴィラは含み笑いを浮かべた。

 

「お主、新たな生を得たくはないか?」


 まるで悪魔のような表情を浮かべるエルヴィラ。これが神の姿なのか。


『悪魔の取引……ってやつですか』


「誰が悪魔じゃ。誰が」


 まずい、本音が混ざってしまった。


『言葉の綾でした。すみません』


「……まぁ、よい。それでどうじゃ? 新しい生を得たくはないか?」


 そりゃあ、このまま死ぬよりかはマシですけど。

 

『俺は何をすれば?』


「何もせんでよい。たかだか一人の人間に見返りを求めるほど、我は狭量きょうりょうではない。……まぁ、条件は付けるがの」


『条件?』


「そう。条件は二つじゃ」


 エルヴィラは目の前で一本の指を立てて見せる。

 

「一つはこれより我が与える力を使いこなすこと」


『力?』


「そうじゃ。名付けるなら『銘創魔術めいそうまじゅつ』といったところかの」

 

 銘創魔術?


「魔力を使い、記憶の中に刻まれたものを生み出す。どうじゃ、我ながら中々に面白い魔術じゃろ?」


 記憶の中に刻まれたものを生み出す。


 聞いただけでそれが如何に強大な力なのか想像がつく。もしそんな力を生前に持っていれば、唐辛子スプレーでも作ってあいつの顔面にぶっかけてやれたのに。


『でも、それだけ強い力ならデメリットがあるんじゃ……? 使った後、記憶が徐々に失われたりとか』


「阿保。そんな半端な魔術、我が作る訳なかろう」


 再び不満げな表情を浮かべるエルヴィラだが、すぐに元の面持ちに戻る。


「もう一つの条件は、これじゃ」


 エルヴィラは左手をグッと握り、その拳を開く。するとそこには小さな銅像が握られていた。


「これを肌身離さず持っておれ」

 

 目の前に浮かび上がる銅像は羽の生えた女性の姿を形どっていて、右手には棒、左手には本が握られている。

 

『これは?』


「お主の居場所を知らせる標のようなものじゃ。一々探すのは面倒なのでな」


 発信機みたいなものだろか。よく見るとエルヴィラに似ているような気もする。


「条件はそれだけじゃ。後は好きにするがいい」

 

 エルヴィラが指を上げると、どれだけ動かそうともビクともしなかった視界が揺れた。


 そのまま徐々に目線が上がり、エルヴィラと正面から向き合う。


 ワイン色の髪を靡かせ、彼女の宝石のような赤い目にほんの少し瞼がかかる。


「お主とその力の行く末、ここから見ておるぞ」

 

 パチン、と彼女が指を鳴らした瞬間に俺の目の前は真っ暗になった。

 


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