現実世界勇者〜異世界から帰還しても勇者は聞いてない〜
みみみ
第0話
第0話
「ねえあなた、そろそろ休憩にしない?勤勉なのはよろしいけど、根詰めすぎるのも体に毒だわ。」
妻のリリアナがこちらに近づいてくる。街灯もない窓の外はぼんやりと月が光っている。寝間着にストールを肩に掛けただけの格好の妻は、相変わらずどんな格好でも美しい。そんなことを思ってソーヤは頬を緩めた。
「もう!心配して言っているのに。ニヤニヤしちゃって!」
「あ、いやいや!ごめんって。」
妻の機嫌を取るように読んでいた本を閉じて机に置いて立ち上がる。妻の綺麗なプラチナブロンドの髪を撫でて口付けてやれば、彼女は唇を尖らせつつも頬を染めた。
「勉強、そんなに大変なの?」
「まあ、今まで冒険だ魔王だって鍛錬ばっかりでろくに勉強してこなかったから。できることはしないと。」
なんてことのない話だ。ただの男子高校生だったソーヤはある日突然まるでゲームのような剣と魔法のファンタジーな異世界に召喚され魔王を倒すため仲間と冒険をしつつ鍛錬をし、ついに魔王を倒したのである。とはいえ、魔王を倒したからといって元の世界に戻れるなんてこともなく。
そもそも男子高校生だったソーヤは今や20代半ばのいい大人であり、元の世界に戻っても高校中退の自称勇者のイタイ成人男性が出来上がるだけである。
結局ソーヤはこちらの世界にとどまり、魔王を倒した仲間であり、聖女などと呼ばれていた国の王女様であるリリアナと比較的治安も良く資源もある領地と貴族の称号を褒美として与えられてそれなりに幸せに暮らしていた。
「領主とはいえ、そんなにやることのある領地でもないでしょう?」
「治安もい良いし資源もあるし問題もないし。お飾りの領主かもしれないけど、一応領主になったんだから何かあった時対応できるくらいにはなっておかないとね。」
「そういうところがソーヤのいいところだけど。でも、徹夜はナシよ。続きは明日。もう寝ましょう。」
グッと袖を引っ張られる。ソーヤは「はいはい。」などと笑いながら返事をしながら大人しく妻に従うことにした。
ベッドに入ってからもソーヤの頭の中はいっぱいだ。
明日は今日の続きをもう少ししよう。実際に領地内を見て回ってもいいかもしれない。前に冒険の途中で立ち寄った町の特産品は参考になるかもしれない。頼んで送ってもらおうか。働きすぎるとまたリリアナにプリプリ怒られてしまう。夕方までには終わらせて、ゆっくりディナーができる時間をとろう。ソーヤの異世界生活は充実していた。
こちらに来た当初はそれはもう帰りたかった。両親も親友も幼馴染もいたし、当時気になっていた先輩もいた。両親には何も言わないままこちらに来たので何年も帰ってこない息子を大層心配しているだろう。部活は入っていなかったけど、その分学校帰りは親友と幼馴染3人で寄り道してゲーセン行ったりラーメン食べたり。
今でも忘れたわけではない。しかし、何年もこちらにいるうちにこちらの世界にも大切なものが増えてしまった。現実的に考えて異世界帰り高校中退男の道は険しいだろうし。ひと目会いたい人はいるが、もうソーヤの居場所はこの世界である。
ぼんやりとした場所にいる。真っ白でキラキラで、まるで天国のような場所だ。
夢にしてはリアルすぎる、同時に見覚えのある空間にソーヤはゾッとした。
「久しぶりですね、勇者ソーヤ。いえ、宍戸蒼也と呼ぶべきでしょうか。」
「…女神。」
言葉にできないような美しさ。この空間に溶け込むような真っ白で儚げでありながら、とてつもない存在感を放つ女。ソーヤ…蒼也が彼女に会うのは2度目である。
「本当はもっと早くに呼ぶ予定でした。宍戸蒼也様、魔王討伐お疲れ様でした。この世界を救っていただきありがとうございました。全神々を代表し、私の方からお礼をさせていただきます。」
女神、と蒼也は勝手に呼んでいる女は神々の代表を自称し、蒼也をこの世界に召喚した張本人である。
魔王は邪神の何とかだとか、女神の力を与えるには別世界から何とかとか、召喚され前に会った時にそんなことを言われたが、混乱していた当時の蒼也はよく覚えていない。
「礼を言うためにわざわざ女神が?なんの用事だよ。」
嫌がる蒼也を半強制的に勇者の力を与え異世界に放り込んだ女神を蒼也はあまりに好いていない。神に対してあまりにもな態度だが女神は気にしていない様子でニコニコと微笑んでいる。
「お礼も勿論要件の1つですが。もう1つあります。」
「早くしてくれ。明日も早いからもう寝たいんだ。」
「はい、それでは。単刀直入に。蒼也様には元の世界に帰還していただきます。」
「…は?」
意味が分からなかった。
モトノセカイニキカン?
元の世界に帰還。その言葉の通りならば…。蒼也の顔から血の気が引く。
「待ってくれ。何言ってんだよ。元の世界に帰れ?何の冗談だ!」
「冗談ではありません。本来異世界召喚はイレギュラー。魔王発生という異常事態故仕方のないことでした。貴方はこの世界の異分子なのです。」
「そっちが勝手に召喚しておいて巫山戯るな!召喚されて帰りたいって言った時には聞きもしなかったくせに!今更何年も経ってから帰れだと?!家には妻がいる。領地には領民もいる。仲間や友人だっているんだ。今更全て捨てろだと?」
「致し方ありません。でも大丈夫です。貴方の肉体年齢は召喚当時まで戻しました。時間も召喚してから数時間ほどしか経っていないよう調節しております。ご安心を。」
「おい、まて、巫山戯るな!」
「それでは、蒼也様。また逢う日まで。」
蒼也の意識が遠のいてくる。必死で女神に手を伸ばすが、蒼也の手は届かない。女神がだんだんと見えなくなっていき、最後に見えたのは剣の鍛錬により硬いマメと皮膚で覆われた傷跡だらけの手、ではなく武器も握ったことのないような細身の少年の手だけであった。
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