5

 生殖機能が終わる年を老衰の訪れということにしよう。

 国民に問わずに勝手に決めた政府に国民はデモで返事をした。

 それも二十年前のこと。

 二十年も強行されればそれは既に文化に浸透し、生まれた子供は常識と見る。

 ならばこの哀れな男に残された歳月はあと幾ばくだ。

「竹葦教授。聞こえますか」

「耳はまだ機能しとるよ、三芳くん」

 バケツをひっくり返したような勢いのため息が横から漏れる。

 八原はこれ以上寿命は縮ませたくないと地団駄を踏んだ。

「すみません。来るのが遅くなりました」

「約束をしていない相手を責める気は無い。それより無能な機械に変わって頼まれごとをしてくれんかね」

「データの復元は厳しいですよ」

「復元では無い、呼び起こしだ。記録じゃなく記憶だ。開いとるファイルが違うんだよ。右じゃ無い、左だといつも言っているのに届かない」

 目を閉じたまま嫌にしっかり喋る竹葦に、三芳は果てしない頭痛の始まりを覚えた。

 アイコンタクトで珈琲を淹れるよう八原に伝える。

「教授。今日は重大なお話があってここにきました」

「それならレコーダーを始めてくれ。口頭ほど曖昧な通達はない」

「そうですね。しかと録音しますので、よく聞いてください。この研究室は今年度で閉鎖されます。政府からの通達は確認済みですね」

「紙で来ない通達など価値はないよ」

「だからわざわざ封筒を渡したんじゃないですか。どこにやりましたか」

「確か……」

 部屋を見渡して、紙の山々に指が彷徨う。

 三芳は辛抱強く指示を待ったが、自分で探したほうが早いと結論づけていた。

 鼻をつく香りに指が止まる。

「また不味い品種を仕入れたか!」

「前回旨い言うとったやろ」

 脱力した八原の声の方に手を伸ばすと、マグカップの縁に触れる。

 たかが液体を入れる容器を人類はこだわりすぎた。

 木製、ガラス、陶器にプラスチック。

 何が再生可能だ、まずは娯楽から潰すべきだろう。

「ありました。なんでまたキーボードの下なんかに隠したんですか」

「それはあれだ。その場でクレームを出すつもりだったんだろう」

 口に含んだ黒いカフェインを喉に追いやり、苦い咳をする。

「最後の抵抗ってやつだ」

「セミファイナルでしょうねえ、教授の場合」

「助走やろ」

 好き勝手言いおって。

 通達の紙面を睨んで首を振る。

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