第25話




「シャーロット嬢、この度は婚約を受け入れてくれてありがとう。」


 婚約後の顔合わせ当日。あれから、どうにか俺とシャーロットの婚約を了承してもらい、ようやくシャーロットに会うことができた。久しぶりに会うシャーロットは、一層美しくなっていた。俺が渡したスズランの花束を抱き締め微笑む姿は、可憐で目が離せなかった。



 シャーロットに目を奪われてばかりだったが、公爵家の庭を案内されている時、シャーロットの口から驚かされる言葉が飛び出てきた。


「私の父が、何かハリー様やラッセル伯爵へ無茶な条件を言ったのではないでしょうか。ハリー様へ何かご迷惑をお掛けしているのではないでしょうか。」


「な・・・」


「ハリー様、正直に仰ってください。父が無理難題言っているのであれば、私が解決します。何でも致します。ですので、どうか教えてください。」



 思わず、動揺してしまったのは、俺の失態だった。だが、公爵が俺に『無茶な条件』を言ったのは事実だったのだ。


◇◇◇


「婚約は了承しよう。今、シャーロットを守れる者で、ハリー殿以上の適任はいない、とは思う。」


 あの日、公爵は苦々しい顔をしながら、そう言った。


「ありがとうございます。必ず幸せに致します。」


「だが、条件がある。」


「は・・・はい。」


 公爵の恐ろしい顔を見て、いったいどんな過酷な条件なのかと震え上がった。


「まず、ハリー殿が昔からシャーロットを思っていたことは俺からは伝えない。自分でシャーロットを口説き落とすように。口説けずに、シャーロットが君との婚約を嫌がるようならすぐにでもこの話は無しだ。」


「はい。」


「次に、婚約期間中、スキンシップは無し!エスコート以外触るな!適度に距離を保て!」


「・・・え。」


 急に乱心した公爵に戸惑いを隠せなかった。一つ目は理解できた。自分から思いを伝えたいと思っていたし、シャーロットの思いを優先したいとも思っていた。だが、二つ目は。


「え~今時婚前交渉も普通でしょ?ハワードは固いなぁ。」


「こっ婚前交渉だと・・・!駄目だ!絶対許さない!」


「婚前交渉は言いすぎたけどさ~ハワードはさ、口説けとか言ってる癖に、スキンシップ無しは厳しすぎない?ハワードは、夫人と結婚する前は多少スキンシップもしていたでしょ?手を繋いだり、抱き締めたり?」


「いや、俺は一切スキンシップはしなかった。婚約期間は、言葉だけで口説いた。」


「えぇ~堅物だなぁ。俺はがっつり婚前交渉までしてたけどなぁ。」


「お前・・・。」


 親世代の閨事情は精神的なダメージがあったが、とにかく俺は公爵と二つの条件の元、婚約を了承してもらった。



◇◇◇



「何でも・・・いや、シャーロット嬢、君のお父上は何も条件など言っていないよ。安心してほしい。」


「ですが、ハリー様・・・。」


 俺は、こんな言葉で誤魔化せたと思い込んでいた。やっとの思いでシャーロットに会えたことに舞い上がっていて、シャーロットの不安を上手く聞き出すことも、心の憂いを晴らすことも出来なかった。ここで、すぐ昔から愛していた、と伝えられていたら。公爵がシャーロットを大事に思う余りに、スキンシップしないよう厳しく言われている、と伝えていたら。あんなに拗れることはなかったのだろう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る