第10話





「シャーロット嬢、この度は婚約を受け入れてくれてありがとう。」


 婚約後の顔合わせ当日。公爵家を訪れた、正装姿のハリー様が両手いっぱいの花束を贈って下さった。六年ぶりにお会いするハリー様は、より精悍なお顔になられており、体も逞しくなられている。辺境での職務の厳しさが伝わってくる。胸が高鳴り、ハリー様へ聞こえていないか心配になるほどだ。



「これは、スズランのお花・・・。」


「シャーロット嬢が昔教えてくれただろう。スズランの花が控えめで気に入っていると。・・・すまない、あれは10年以上前だったな。もう花の好みは変わってしまっただろうか。」


「い、いえ。今でも一番好きなお花ですわ。とても嬉しいです。」


 私が花束をそっと抱き締めると、ハリー様はほっとしたように「良かった」とぎこちなく顔を綻ばせた。その顔にまた胸が高鳴ってしまう。


 私がスズランを好きだと言ったのは、ハリー様と伯爵家で会っていた10歳になる前の頃だ。そのときの事を覚えてくださっていたことに私の胸は満たされていった。伯爵家にはたくさんのスズランが植えられており、とても素敵だった。だが、それだけがスズランを好きになった理由ではない。


(ハリー様と会えるのは、伯爵家のお庭が多かったから。ハリー様と紐付いて好きになったんだわ)


 ハリー様がお庭で鍛練している所へ、しょっちゅうウロチョロしていたことを思い出す。迷惑だっただろうに、あの頃からハリー様は、不器用ながらも私に優しかった。



「今もまだ家の庭にはたくさんスズランが咲いている。良かったら、次の家での顔合わせの時に案内させてくれないだろうか。」


「勿論お願いしたいです。楽しみにしていますね。」


 今の私は自然に笑えているだろうか。顔が赤くなってはいないだろうか。息遣いは可笑しくなっていないだろうか。色々なことが心配になり、頭がいっぱいになってしまう。こんなこと、王宮にいた頃ですら無かったのに。




「今日は、私が家のお庭をご案内しても宜しいでしょうか。」


「ああ、公爵家の庭は見事だと、父上がよく話していた。ぜひ拝見したい。」


 私が庭へと誘ったのは理由がある。今いる応接室では、侍女のソフィアや他の使用人達が控えており、会話がしっかり聞こえてしまう。どうしても、使用人と離れてハリー様と二人で話さなければならないことがあった。





「ああ、見事だな。公爵家の庭師は腕が良い。」


 ハリー様は感心されながら庭を眺めていた。ソフィア達は少し離れた場所でお茶の準備をしている。今しかない。


「あの、ハリー様。婚約のことなのですが。」


「ああ」


「私の父が、何かハリー様やラッセル伯爵へ無茶な条件を言ったのではないでしょうか。ハリー様へ何かご迷惑をお掛けしているのではないでしょうか。」


「な・・・」


 ハリー様の瞳が動揺しているのが分かる。


「ハリー様、正直に仰ってください。父が無理難題言っているのであれば、私が解決します。何でも致します。ですので、どうか教えてください。」


「何でも・・・いや、シャーロット嬢、君のお父上は何も条件など言っていないよ。安心してほしい。」


 少し迷うような様子を見せた後、ハリー様は首を振り、そう話した。怪しい。


「ですが、ハリー様・・・。」


「お嬢様、お茶の準備が整いました。」


 ハリー様には何の利点も無いのに、とお伝えしようとした時、ソフィアから声を掛けられた。「ほら、行こう」と促されたその大きな手を私は取ることができなかった。

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