第9話




 夜も更けた時間、コンコンとノックをし入室許可を得る。



「ソフィア、こちらに来るなんて珍しいじゃないか。」


 旦那様と、夫ハロルドがまだ執務中だった。


「お忙しい中、申し訳ありません。旦那様、少しご相談があります。」


「今日は雪でも降るのかな。ソフィアが私に相談なんて初めてじゃないか。勿論何でも聞くよ。」


 旦那様は、国務大臣や公爵家当主としての執務の際は、厳しい印象だが、自身の中の者、ご家族だけでなく使用人にも気安い方だ。使用人を大事にしてくれる方なので、私の相談に喜んでいる様子だ。夫は訝しそうにこちらを見ている。入室時からずっとだ。見ないでほしい。



「ありがとうございます。それでは、遠慮なく。旦那様、お嬢様とハリー様のご婚約ですが、お嬢様にお伝えし忘れていることがあるようですが。」


 語気を強めて、旦那様を見据える。視界の端で、夫が口の端を上げているのが見えた。




「なっ、何のことかな?ソフィア、誤解があるようだ。」


 怯えたような表情を見せる旦那様と、笑みを深める夫。夫の忠誠心の無さに呆れながら話を続ける。




「旦那様が考えおられることは想像できますし、私も概ね同じ思いです。ですが、お嬢様を傷つけるのは本末転倒ではないですか。」


「シャーロットが・・・」


「ええ、愛の無い結婚に怯えておられました。あのように動揺なさるお嬢様は初めてでした。」


「愛の無い結婚なんて、私は言ってないぞ!」







「どうせ、旦那様が誤解させるような説明をなさったんでしょう。」


 夫が、主人への言葉とは思えない言葉を投げつけ、旦那様を落胆させていた。・・・まぁ、私もお嬢様へは辛辣な態度を取ることも多いので人のことは言えないが。



「旦那様、どうかきちんとお嬢様にご説明なさってください。そうでないとお嬢様が余計傷つくことになります。」



「むむむ・・・。」


 口を尖らせ、子どものような態度の旦那様に、夫婦で顔を見合わせる。しばらく返事を待ったが、旦那様が黙り込んでしまったので、私は諦めて挨拶だけして退室した。






「なぁ、ソフィア、私に厳しくないか?一応当主なのだが・・・。」


「ソフィアは旦那様に厳しいのではありませんよ。お嬢様を害する者に厳しいだけです。」


「害するって・・・私はいつもシャーロットを想っている!」


「だけど今回のことは、お嬢様のためではなく、旦那様のためのように窺えますが?旦那様もご自覚があるからこそ、ソフィアに何も言えなかったのでしょう。」


「うっ・・・お前達、夫婦揃って厳しすぎないか・・・」



 ハロルドは呆れながらも、先程の妻の様子を思い出していた。通常であれば、侍女が当主へあそこまで指摘するのは褒められたものではない。だが。


(あのときもそうだったな。)


 ハロルドとソフィアが公爵家に来てすぐの頃、シャーロットが王子妃候補となり邸内はしばらく落ち着かなかった。ハロルドとソフィアは研修に向かう途中に、たまたまベテランの先輩使用人達がシャーロットを悪く言っているところを通りかかってしまった。使用人の一部が、シャーロットのことを「王子妃には向いていない」と考えている風潮があったのだ。ハロルドは(後から上司へ相談しよう)とその場を離れようとしたが、ソフィアはその場ではっきりと断言した。


「あれほど努力されているお嬢様こそが、誰よりも王子妃に向いております」


 新人ソフィアの剣幕に、先輩達も怯んだほどだった。ソフィアは一度も怯むことなく、先輩使用人達を見据えていた。それから、なかなか研修に来ない二人を上司が探しに来た為、ハロルドが状況を伝え、シャーロットを悪く言う使用人はあっという間に一掃された。


 この時からハロルドは、真っ直ぐすぎるソフィアに恋に落ち、長い年月をかけて口説き落としたのだ。


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