スペルロスト【名声記述編】

あさひ

第1話 記述《スペル》

 太陽が真上に見える

それは自身が寝転がっているからだ。

 しかし影が不意に閉ざしてくる

幼馴染のラリア=レイブナーだろう。

「アレン…… お前だろ?」

 呆れた顔で男子口調の女子が

昼前に起きた喧嘩について問いただしてきた。

「あいつが悪いんだよ……」

「今度は何をバカにされたんだ?」

 喧嘩する理由はいつも級友のことだが

今回は違うらしい。

「ラリアが男みたいだから女にはなれないって……」

「いつものことだな」

「我慢すんなって言うのがなんでわかんないの?」

「わかんねえならそれで充分だろ」

 あっけらかんと言いのけた

てか言って見せた。

 泣きそうにプルプル震えている

なんか可愛い女子が目の前に存在する。

「女神様…… ありがとう……」

 会話中に雲間の奥で潰えた日差しが

戻ってくる

そのため本当にそれっぽくなった。

「バカか? 大体なお前は俺のどこがそんなになんだよ」

「そこだろ」

「どこだよ?」

「照れてるところを隠しきれない癖にツンデレな部分……」

 その他にも十個以上もの理由を羅列する

まさしく記述スペルを唱えるが如く

ただただ詠唱する。

 顔が真っ赤どころではない

むしろ湯気が立ち込めそうだ。

「なんだ? 自覚したのか?」

「うっせぇ……」

 首に巻いていたマフラーで顔を隠しながら

弱弱しく拳を何回か押し付ける。

 彼女の服装は

キャミソールのようだがしっかりとしたインナー

ゴムのような繊維の腹上部辺りまでしかないコート

下は短パンに黒いタイツを着ていた。

 そして首の部分に黒色と青色が混在したマフラー

頭には刀剣のような髪飾りを付けている。

「とりあえずアリシア先生から呼びつけだっ!」

 覚えてろよと言わんばかりの勢いで

明後日の方向へと走り出した。

「うん…… やはり最高だな……」

 おいおい

噛みしめるなよ。

「仕方ないな」

 アリシア先生が呼び出してきた

いつものお叱り部屋だ。

「詠唱何回だろうか? てか今日は帰れるのか?」

 態度がワクワクしている

てか何回目なんだお叱り部屋とやら

慣れすぎだぞアレンよ

定期的に行かないだろう。

 アリシア=レイン先生

制水の記述者ウンディーネでありながら

教鞭を取る女性の記述者スペルーン

教育指導担当でもあるのだ。

「期待の裏返しってこんなにも楽しい」

 方向がズレている

よく引かないな

先生の苦労が知れる。

 お叱り部屋は

記述者候補育成所スぺルグローリー

屋上の片隅に存在した。

 そこまで行くのに

百五十段以上を登らないといけない

正確には五百段にもわたるので

気分を紛らわせるために説明上ではその扱いである。

「おっはよう!」

 玄関という扱いのホールでは

受付をしている女性達が挨拶をぶつけてきた。

「今日もお叱りだなぁ」

「なんで嬉しそう?」

「あなたがあまりにも来るからですよ」

「常連には特典がある…… とか?」

「ちげえよ」

「アリシア先生の機嫌がよくなりますので」

 指導を受けるのは

若干どころかアレンだけである。

 裏でコソコソ悪いことをするのが

大半なので真面目に叱られるやつはバカ扱いだ。

「とりあえず上でお待ちだ」

「ご検討を」

 ひらひらと手を振りながら

バベルの塔へと挑む。

 明日に向かうかのように

階段に足を踏み入れた。


 屋上の片隅には

生活感あふれる小屋が存在する。

 豪奢ではないが

そこそこの生活は望むことが出来た。

「屋上に家って良いな……」

「そうですか?」

 後ろからヌッと先生が覗いてきた

そして手を差し出して何かを催促してくる。

「約束のお菓子ですね」

「今日はなんですか? 前の甘くて黒い菓子がお気に入りですよ」

「よかったです」

 空間に作られた鞄を

原初の記述プロトスぺルで呼び出した。

 そこからチョコレート菓子を

数個ほど取った後に目の前に並べる。

 机に並べたのではない

空間に浮かせているのだ。

「ほう…… これは見たことのない菓子ですね?」

 数個の内にある

新しい菓子に目がいく。

「クッキー生地の上にスポンジを置きチョコを掛けました」

「それは発想に富んでいます」

 先にその目新しい菓子を手に取った

そして頬張ると花が咲いたかのような幻影が飛び出した

かもしれない。

「これはリピート確定です」

「それはよかったです」

 叱られに来ていない

本当は口実であって

喧嘩などで裁かれないのだ。

 本当にお叱り部屋なことは

はっきり言うと起きていない。

 記述上は起きていないのである

ひとつも一切合切だ。

 ムシャついた先生は

満足したのか約束を果たす。

「これが貸出用に書いた記述訓練書スぺリエンスです」

「ありがとうございます」

 粛々と受け取った本を

先ほどの空間の鞄へと仕舞い込むと

一礼の所作をした。

「ではまた来ますので次のをよろしくお願いしますね」

「そちらもリピート確定と新しいのを頼みますね」

 アリシア先生は屈託もない笑顔で

ルンルンと小屋に戻っていく。

 アレンも階段を下りながら

次の菓子の構想と

アリシア先生の訓練書をどう教えるか

考えていた。

「そういえばお腹空いたな」

 先ほどは渡さなかった

チョコ菓子をバリバリと頬張る。

《あれ? フレークチョコがありませんでしたね》

 屋上でバリバリと頬張りたかったであろう

アリシアは疑問でモヤモヤしているがな

なぜ出さなかったんだ。

 下の階に付く頃には

受付の女性もだらけている。

「ん? なんだそれは?」

「うぅ…… お帰りなさい……」

 もはや一名が死屍累々の騒ぎじゃないぞ

アレンの優しさが発揮されるよな

絶対に素通りはない。

「ミアーになら少しだけ……」

「あぁ? 俺にはねえのか?」

「冗談通じないなぁ…… ははは……」

 先ほどの空間の鞄を開き

チョコ以外にも食料を取り出した。

「おぉっ! 気が利くなぁ」

「アレンさん…… 候補生をやめないでくださいね」

 男子のみなさん聞きましたか

料理を学びましょう

てか義務教育に料理を加えました

嘘です。

 ここに世界は始まり

日常から派生した想いは肥大した後に

新たな未知へと変容するのだ。


 次回 記述者スペルーン

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スペルロスト【名声記述編】 あさひ @osakabehime

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