アイドルの炎上案件かっ!



 俺は納得できないこととか、不可解なことに遭遇すると、他に置き換えて理解を試みる。それが正しい方法論なのかなんて、乱暴な言い方だが実際のところどうでもいい。

 腹の底にストンと落ちる答えが欲しかった。


 ともかく、それで明明ミンミンの告白は、アイドルの炎上案件だと思ったということだ。


 現代でもSNSで過激なファン同士が炎上し、エスカレートして警察沙汰になることもある。


 東宮で唯一無二の存在で、危うい魅力をたたえる殷麗孝イン・リキョウ


 この事件は推しに群がるファンたちの争いで、人の闇を操る森上は、そこをついたのだろう。

 奴にとって容易いことだったにちがいない。

 徐々に状況が見えてくると、俺はなんとなく落胆した。


 殷麗孝イン・リキョウには俺を除けば、正妻以外に二人の側室がいる。

 ふたり目の側室は子もなく地味な女で影が薄い。俺は名前さえも知らない。以前の魅婉ミウァンよりも忘れられた存在だ。


 というわけで、どんなわけでもないが、炎上になる状況は正妻と側室ナンバー1である蔡花楓ツァイ・ホアフウの間で常にくすぶっていた。


 唯一の子を産んだ花楓と子のない正妻は互いに妍を競い、当然のことながら、その下で女官たちの仲もよくない。


 まったく、魅婉よ。おまえは、こういう後宮の嫌らしさを何にも知らなかったのだろうな。


『皇太子さまは、あちらの部屋にばかり訪れる(贔屓している)』

『花楓さまは、公主をお産みになったのだから、もっと大切にされてもいい』


 こんな思いが花楓つきの女官たちにはあったようだ。


 そこに仙月が懐妊したという情報が漏れ、花楓サイドは危機感を覚えた。


 明明によれば、紅花は正妻であることを鼻にかけ、こちらを日陰者と馬鹿にしているそうだ。

 馬酔木あせび舎の女官たちは、みな同じ意見なのだろう。

 正妻と側室の関係は複雑で、そこに仙月の懐妊という不確定要素が加わり、みな色めきだった。


 後宮の最大の務めは世継ぎを産むことである。

 たったひとりの魅力的な男に東宮に住む女たちは数百人。そのなかでも、彼の妻として身分的に問題のない女は数十人はいる。

 殺された仙月も、そのひとりだ。

 正妻の代わりに桜徽殿の女官が皇子を産めば、桜徽殿は栄え馬酔木舎は色褪せる。


 影で『石女しゃくにょ』舎と侮蔑的に呼ぶのは、逆に言えば危機意識のあらわれだ。


「明明、仙月を殺すことは、皇子を殺すに等しいと思わなかったのか」

「わ、わたしは、恐れおおいことをいたしました。ただ、あまりに花楓さまがお気の毒で。仙月懐妊の噂に、それはもう気落ちされたご様子で、日々、気鬱きうつそうで。誠に、誠に申し訳ございません」


 彼女は床に額をつけ、バンバンと音を立てて叩いた。


「こら、やめよ。そんなことを今さらしても意味がない。それよりも、こっそりと教えてくれ、おまえの他に誰がいた」


 うちつけた額が赤くなった明明は、乱れた髪の間から驚いたような表情を浮かべた。


「な、なぜ、そのようなことを……」


 明明の目が泳いでいる。

 事件は俺が転移してから起きた。時間的に早すぎるのだ。そんな短い時間で、いかに彼女が恨みを抱いていたにしろ、森上莞が操る時間があったろうか。


 ありえない……、そう思うのだが。


 俺は、なにか間違えているのかもしれない。

 そもそも最初から、俺の捜査は方向性を間違えているのではないだろうか。


「では、おまえが仙月の首を絞めて殺したことは、間違いないのだな」

「はい」

「その結果。おまえの大切な主人に迷惑を及ぶと考えなかったのか」

「花楓さまは関係ございません。わたし、ひとりの考えです」

「じゃ、もう。あきらめろ、おまえの数日後の姿は、車に繋がれて四肢をぶち切られるしかない」

「そ、そんな」

「仕方ないだろう。この世で、皇子を殺したなんて、それも身分の低い使用人がしたなんてことになったら、それ以外の明日はない」

「お助けください。ど、どうか、お助けください」

「甘い!」


 この人の良さそうな考えなしが、なぜ、そんな凶行に及んだのか。


「俺の手を握ってみろ」

「わ、わたしのような身分のものが、元とはいえ公主さまの手を握るなど恐れおおいことにございます」


 俺は強引に彼女の手を取って握った。


「ほら、つかんだ。思いっきり握ってみよ」

「で、できません」

「車裂きだぞ」

「あ、あの」

「もっと強くだ。俺の手を潰すつもりで、力強く、おもいっきり握れ!」


 彼女は、ぶるぶると震えながら、手を強く握ろうとした。なんとも弱い。油汗をかいて、その場に平伏した。


「これが最高の力か」

「あ、あの」

「仙月の首を絞めたとき、こんな力で殺せたのか」

「あ、あの時は、怒りのあまり頭に血がのぼって。必死の力で」

「ほら、その必死の力を見せてみよ」


 明明は俺の手を握った。

 イタタァ……。魅婉、おまえの手も柔らかすぎるな。魅婉に比べれば力はあるが、これで首を絞めて殺すことはできない。


「ど、どうぞ、もう、お許しくださいませ」


 孤児として生まれ、花楓の実家で育ち、身分制度のもとで根っから使用人として生きてきた明明は、身体の芯まで下僕根性に侵されている。

 現代なら洗脳と言っても良い。

 そんな女が、自分よりかなり身分の高い仙月の首を強く絞めるなど、できるはずもない。


「誰を庇っている」

「あわわわわ」

「まさか、花楓か」


 彼女は真剣な目をしてブンブンと首を強く振った。嘘を言っている様子はない。


「違います。花楓さまではありません」

「そうか、じゃあ、誰だ」


 おし黙ったまま、涙がポタポタと床を汚している。

 彼女が庇う相手とは、いったい誰なんだ。


「別のことを聞く。仙月をどこで殺した」

「それは、あの」

「仙月は外壁にもたれて死んでいた。あの場か」

「いえ、それは……、わ、わたしもわからなくて、だから、あの日から怖くて仕方がないのです」


 この女は仙月が別の場所で亡くなったことを知っている。


「仙月を絞め殺したのは、彼女の部屋だろう」

「お願いです。これ以上、聞かないでください。わたしは、わたしは……」

「誰を庇っている!」


 これほど強く聞いても、怯えるばかりで答えがない。


「ではな、明明。仙月の部屋に誰に入れてもらった」

「それは、あの」

「いいか、俺はわかっているんだ。あの部屋で、最初に首を絞めたのはおまえだが、別のやつがその後始末をしたってことだ」


 明明の震えが激しくなった。




(つづく)

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