僕という名の希望

さくらみお

前編

 

 第三次世界大戦が勃発し、核と生物兵器によって文明と人々の秩序が失われた世界――。



 ――僕は今、瓦礫と砂漠だらけになった街を歩いている。


 この街は始まりの大地。

 今の地球に生きる僕達の苦しみは、この街から始まった。


 僕はズブズブと沈む砂漠を歩き続け、まだ辛うじて生きている大地を探す。

 探しながら、僕はぼんやりとこの国の国旗を思い出す。横に二色、青色と金色。

 この二つの色が意味するもの。

 それはかつてこの大地に生きた人々の永久な平和への祈り。

 青い青い大空の青と、果てしなく続く小麦畑の金色。永遠の平和を象徴としたもの。


 今は何処にも無い、この情景に心打たれ僕は目が潤む。

 今、此処に在るのは、鮮明過ぎる藍の空と乾いた白い砂漠が果てしなく続く世界なのだ……。




 ◆




 ――世界の人口の八割以上を消滅させた核攻撃と生物兵器の一斉攻撃『エンド』が起きた時、僕はたった十歳だった。

 何年かの昏睡状態を経て目が覚めた時、僕の身体はやせ細り棒切れの様だったが青年に成長していた。


 子供の時代を失い青年になった僕は生まれ育った日本ではなく、元は中国の南東部にあった都市の跡地の辺りに流れついていた。

 辺り……というは、もう世界は昔の形を保っていなかったから過去の名称は消え去っていたのだ。


 『エンド』によって地球に七割以上占めていた海は僅か三割となった。

 陸地は増えたが、海が減った事で温暖化は急激に加速し、大半の大地は干上がり昼は灼熱、夜は極寒の砂漠となり、地上で生きる事が困難な環境になっていた。


 僕を助けてくれた人々は残ったビル群の地下にコミュニティを作って住んでいた。

 そこで僅かに生きている生物と地下水を食料として日々生き抜いていた。


 このコミュニティに住んでいたのは五十人ほどだったと思う。

 みんな僕よりも十歳以上、年上だった。


 昏睡状態だった僕の事を世話してくれていたのは元は日本人、旧満州国出身で残留孤児として中国人となった老婆だった。

 うろ覚えの日本語で、片言で、僕の事を孫の様に世話をしてくれた。

 他の大人達も僕の事をとても気にかけてくれて、可愛がってくれた。


 僕は不思議だった。


 食料だって満足にない。毎日地下に居る僅かなネズミや虫を分け合っている状況で苦しい筈なのに、何故僕を何年も生かしてくれたのか。


 すると老婆は言ったんだ。

「希望」だと。


 この辺りで生き残った子供は僕一人だけだったらしい。

 最初は役立たずの僕を殺して食べてしまおうと提案した恐ろしい人間も居たらしい。


 しかし、老婆を筆頭として、何人かの大人が僕を庇ってくれた。


 子供を殺したら、我らはお終いだと。

 子供を殺したら、もう自分達の希望が途絶えてしまうのだと……。


 目覚めた僕は、その話を聞いて涙が止まらなかった。

 これが嬉しさなのか、悲しさなのか……虚しさなのか、分からない。


 ただ、僕はその日から決心した。


 僕が希望ならば生きられるまで生きて、先の短い老婆達の生き甲斐になろうと。

 子供の頃に食べていた物とは考えられないほど粗悪な不味い物を食べて、汚れた水を飲んで、僕は生きた。

 そして、僕はお腹を満たすとみんなに笑った。


 僕が笑うと、大人たちは安心した様に笑ってくれた。

 だから僕は、明日の形が見えなくても、毎日が絶望でも、生きたんだ。


 ――しかし、僕の決心を嘲笑うかのように、コミュニティに異変が襲う。

 伝染病が蔓延してしまったのだ。

 この病は生物兵器がもたらした人災の一つだった。


 病は瞬く間にコミュニティに住む住人に広がった。

 体に緑色の粒状の発疹が体中に出来て、次第に高熱が出て、それから衰弱して死んでいく。


 僕はすぐさま隔離され、老婆に会うことも禁止された。

 この地下コミュニティのリーダーでもあり、崩壊前は研修医をしていたという韓国人の男と二人で暮らすようになる。


 リーダーは病気となった人間からウイルスを採取し、ワクチンを作る努力をした。

 しかし世界はとても小さくなってしまった。

 あっという間にコミュニティの人口は半分に減り、ついに老婆までもが罹患してしまったのだ。


 僕は毎日神様に願った。


 お願いだから、老婆を連れて行かないで!

 僕の大切な人を、連れて行かないで――!!







 ――願い続けて三日後の夜明けに、奇跡が起きる。

 一人の訪問者が、数年ぶりに訪れたのだ。

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