好きな人からずっと愛されていたのに、そうと知らず片思いと諦めていた男の子に待っていた奇跡
霧切舞
好きな人からずっと愛されていたのに、そうと知らず片思いと諦めていた男の子に待っていた奇跡
(こんなイベント、早く終わってほしい)
と高校二年生の少年、明理(あかり)は思った。この学校は毎秋、女子たちが恋人にしたい男子を一人だけ投票する『全学年・恋人にしたい男子選手権』を開催する。
生徒会長の水野千香子が体育館に置かれた巨大ホワイトボードに、投票された男子生徒の名前を書き、写真を貼っていく。写真の隣に正の字を書いて投票数を記入する。
「俺たちにしてみたら、えらくムカつくイベントだぜ」
と明理の隣にいる吉田がふてぶてしく言った。
「どうせ俺は入らない。わかってる。はい終了」
「僕も入らないよ。あ〜もう嫌」
そう言いながら、明理はある人をつい頭に浮かべ、その人に投票されたらどれだけ幸せだろうと妄想した。もちろんそれはありえない。ありえないと断言できるから、イベントがとてもつまらなかった。
教室のモニターに体育館の様子が放送されている。
「あーっと、また石田くんだぁ! 高校三年生の石田くんは生徒会長の補佐であり、ラブレターを渡される毎日を送っているちょいワルのイケメン。開票十分ですでにぶっちぎりのトップ。四百五十人のうち、六十七人の女子から投票を受けているぞ!」
吉田は相当イライラしていた。
「わかったよ。だからなんだよ。男は顔じゃないんだよ」
イライラするあまり、さっきからグミをひたすら食べている。
「おい吉田…。それ何袋目だよ」
「うるせえ! ああムカつく。なんでこいつらこんなの真面目に見ちゃってるわけ?」
教室にいる男子生徒と女子生徒は少数投票者をああだこうだと言っている。
「うぉー! 俺が入ったぜ!」
とクラスメートの安倍が叫んだ。吉田は舌打ちして、オレンジ味のグミをくちゃくちゃ食べた。
「だからなんだよ。うるせえな」
明理もうんざりだった。石田や一部の生徒に投票が集まる一方、ほとんどの男子生徒はゼロ投票。この冷酷な格差で絶望する生徒は多いだろう。
くだらないと思いながらも、明理はわずかに希望していた。
………
三十分経った。四百五十人のうち、三百七十人くらいの結果が発表された。明理と吉田の教室でも三人の男子生徒が一票以上もらっていた。残りはゼロで、二人もゼロだった。
半数の男子生徒はふてくされるか、興味を失ってスマートフォンをいじっていた。吉田は六袋目のグレープ味に突入して、貧乏ゆすりをしていた。
「なあ、これって憲法違反じゃね? 民事訴訟してやる」
「そんな怒るなって。僕もゼロだし」
「三人は入ってる。一人は山下だぞ。俺は山下の下か。山下の下ってことは山下下ってことだな」
「もうなに言ってるかわからないよ」
「つまりだ。俺はマジでキレそうってこと。ってそういえば、明理は生徒会の役員だから、そろそろ体育館に行く頃じゃないか?」
「はあ…憂鬱だ。吐きそう」
「そもそもどうして生徒会はこんなムカつくイベントをやるんだ? ナメてるの?」
「このイベントは副会長の石田先輩が企画したんだ。僕が反対できるわけないよ」
「あのクソ野郎…自分がモテるからって…イベントを通して『どうだい? 俺様はモテモテなんだぜ』とでも言いたいのか?」
「生徒会長も大反対したけど、僕以外の女子役員が全員賛成して」
「生徒会長が一番ノリノリに見えるけど」
「ああ、あれは演技だよ。だって生徒会長がやる気なかったら、イベント終わっちゃうじゃん」
「そうなんだ。ムカつくと思ってたけど、演技と思ったらちょっと好感度上がったぞ」
「おかげで生徒会長は石田さんと大喧嘩して、まだ口をきいてない」
「へえ…あいつ一人のせいで、みんなとんだ迷惑だな。ボッコボコにしてやりたいぜ」
………
「遅いじゃないか、明理くん」
体育館に着くと、他の役員はだいたいがそろっていた。イベントが終わったら、役員が一人ずつコメントする予定で、三年生、二年生の順にイスに座っている。
明理は二年生の末席に腰かけ、用意していたコメントの紙をポケットから出した。
(えっと『今日はイベントに参加してくれてありがとうございました。一票でも投票されたみなさん、おめでとうございます』と。まあこんなコメントでいいでしょ。早く終わってくれないかな、もう)
「えー続いてラスト手前の四百四十九人目」
生徒会長は渡された紙を見て
「おーっと、一年生の二宮くんだぁー! 二宮くんは一年生の一位がここで決定しました。さあ、最後の一枚はどうでしょうか?」
(はあ…もう疲れた。結局僕はゼロだし。吉田もめっちゃキレてるだろうな)
「あーっと! 最後の一枚は私でしたっー! いけね、投票箱に入れてなかった」
胸ポケットから投票用紙を出すと、なにも書かれていなかった。
「あーしまった! 名前を書いていませんでした! これは大失態。準備に追われて自分を見失った結果、ということですかね」
そう冷静に言っているが、生徒会長の千香子は顔を赤くしていた。
(あーもう、早くしてくれないかな)
明理はイライラした。
明理がほしい票。それは水野千香子だった。好きなのに好きと言えず、ずっと落ち着かないまま一緒に仕事をしていた。今は明るくふるまっているが、本当は暗くて真面目だ。
石田がイベントを考案したとき、千香子は露骨に不快感をあらわにした。
司会役の生徒会長は今、相当のストレスで進行しているはずだ。
千香子は石田に目で合図を送り、代わりに司会をさせた。
「やあ。生徒会の副会長、石田だ。生徒会長が記入するまで、私が司会を担当しよう。さて今年の結果は、おう…今年も私が一位になったようだ…ふっ…。僕に投票してくれた君、センキューな」
(どうせ僕はゼロですよ)
明理はげんなりした。
そのうちに千香子はスタスタと明理の前まできた。
「悪いけど、ボールペン貸して」
「書記の先輩に」
「あなたのボールペン、貸して」
千香子は顔を赤くしていた。
(待てよ。残っている投票用紙は生徒会長しかないし、その用紙はあそこに貼られるし、それはつまり生徒会長の好きな人がバレるということなんじゃ…)
「先輩。書かなくていいですよ」
明理はボールペンを渡しながら小さな声で言った。
「バレちゃいます。こんなの無記名でいいんです」
千香子は冷静な判断力を失っているようで、明理の声が聞こえてないようだった。
「先輩、みんなの前でさらすことになります。まずいです」
「私は生徒会長だから…ここまできたら、書くしかない」
「こんな変なイベント、どうでもいいですよ!」
しかし隣にいる二年生の女子役員が
「私、先輩の好きな人が知りたい!」
と言うと、千香子はボールペンで名前を一気に書いた。明理の目の前で。
『緑川明理』
(ええー…?)
生徒会長の千香子は目がグルグルと回って混乱していた。演説中の石田に近づいて、最後の投票用紙を渡した。
「うちの生徒会長がようやく名前を書いたようですね。ボールペンくらいは持っておきなさい、と言いたいところですが、このイベントを開催するにあたってたくさん仕事をしたようですから、大目に見ようではありませんか」
石田はあまり興味なさそうに言った。
「えー。緑川明理。ああ、生徒会役員の明理くんですね。へえ、生徒会長は彼が好きだったと」
千香子はゆでダコのような状態で、考える余裕はないように見えた。それを察して、残りの進行は書記が代行した。
………
イベントが終わると、書記が主導になってカメラや飾りつけを撤去した。石田は作業も手伝わず、さっさと帰っていた。
すべての片づけが終わると、女子役員たちは妙に気をつかって、生徒会長と明理を二人だけにした。
「じゃあ、僕も帰ります…」
「あ、あ、あ、あの」
「は、はい!」
千香子を見るほど余裕がない明理は、うつむいて自分のスニーカーをじっと見つめた。
数秒の時間がゆっくり流れた。
「今日はありがとう。私に気をつかってくれて」
「いえ! 部下なので、当たり前です!」
「名前を書いて、ごめんなさい!」
千香子は深々と頭を下げた。
「だいじょうぶです! 目の前に僕がいたので、なんとなく僕の名前を書いただけだと思います!」
ちょっとカタコトになった。二人は互いに、なにを言ったらいいかわからない状態だった。
体育館には誰もいない。
「明理くんは誰よりも信用できるし、いつも私を支えてくれたから、その」
「はい。なので、わかっています。気にしないでください」
「ううん」
千香子は頭をふって、目をぎゅっと閉じた。
「ごめんなさい。私は変に真面目で、どうしても嘘をつけないの。だから…」
「…」
「あれは本当なの」
そう言われたとき、頭がとろけそうになった。
(本当に僕を…? なんで?)
「だから…その…。返事を聞きたい」
明理は怖くて顔を上げられなかった。こんなところで告白されると思わなかった。
恐怖に近い緊張と、期待の混じった妄想が交錯した。
「僕も好きでした…」
千香子は「えっ」と大きな声をだした。
「実は…僕も好きでした!」
「…本当に?」
「はい…。先輩が僕に投票するのを期待していました。でも先輩は高嶺の花だから、それは無理だと思ってて…」
「本当に私なんかを?」
「じ、実は…生徒会に入ったのは、先輩がいたからでした!」
千香子はそろそろと歩き、明理に近づいた。互いの呼吸が聞こえるくらいの距離になると、千香子はそっと明理の腰に手をまわし、ぎゅっと抱きしめた。
「私も生徒会長になったのは、あなたと一緒になるためだったの」
「え?」
「明理くんを部下にするために。生徒会長は役員を配置できるから。あなたを部下にすれば、ずっと一緒にいられるから」
「先輩…ありがとうございます」
「好きなら好きって言ってよ。こんな面倒な仕事、やりたくなかったの」
千香子はそう言って笑った。
「僕もです…先輩がいなかったらやってなかったです」
「もう二人で辞めちゃおっか…と言っても、イベントが終わったから、もう仕事はほとんどなかったね」
二人は体育館を後にした。この日、明理は初めてキスをした。先輩以外の人から投票されなかったことはすぐに忘れた。人はたった一人でも好きな人を見つけたら、それで幸せになれると明理は実感した。
好きな人からずっと愛されていたのに、そうと知らず片思いと諦めていた男の子に待っていた奇跡 霧切舞 @kirigirimai
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