第2話 △
「ぱっと思いつく間もなくやったら、もっと面白いよ」
「何も考えないで、ぱっとやるから面白いんだよね。考えてやっても、面白くないんだよ」
「面白いこと」
「何を?」
僕の応答。「では、ちょっと、やってみようかな」
リィルの呟き。「うーん、何か、面白いことって、ない?」
味とは、何だろう?
飲食をしないリィルが飲食をしたら、どうなるのだろう?
ひょっとすると、多くの人間は、ケチャップとマスタードの混合物を表す言葉を持っているのでは……。
僕だけかもしれない。
悲観的な予測であるような気もするが、なんとなくそんな感じがする。人間の理解というものは、実のところ、言葉で表しうる範囲を超えることができないのではないか、と僕は考えている。ケチャップとマスタードを混ぜても、ケチャップとマスタードの味しか感じられないのは、ケチャップとマスタードの混合物を表す言葉が存在しないからだ。
「その場合は、確率じゃなくて、可能性」
「隕石が降ってくる確率って、どのくらい?」
「分からないじゃないか」
「降ってこないよ」
「降ってくるよ、その内」
「隕石でも降ってこないかな……。毎日毎日変わらないのって、いいんだか、悪いんだか、分からないね……」その動作は彼女の癖みたいなものだから、僕は別に驚きもしなかった。リィルはテーブルに突っ伏す。「あああ……」
「そうだっけ?」
「面白いことを言えなんて、言ってないよ」
「面白くなかった? あれ?」
「私の質問に対する回答は?」
「お仕舞い」
「それで?」
「なぜなら、あくまで、トマトケチャップと、マスタードの、それぞれの味が感じられるだけだから。でも、それを食べた人は、それがスペシャルなものとは感じない。すると、この世に二つとない、スペシャルな調味料が完成する。マスタード君が家にやって来て、二人で融合する。」僕は語る。「トマトケチャップ君の物語」
「ふうん」
「今からするのがそう」
「私の質問に対する回答は? あれ?」
コーヒーカップをテーブルに置いて、僕は話した。「最近ね、面白い映画を観たんだよ」
したがって、ベーシックを用いてある言語を解析することはできるが、解析された結果を解釈する必要がまた別に生じる。ベーシックは意識とはリンクされていないからだ。しかし、彼女たち自身がその恩恵を意識的に得ることはできない。したがって、それを用いれば、この世界に存在するありとあらゆる言語を理解することができるということになる。ベーシックは、この世界に存在するありとらゆる言語の根底を成す。彼女の類は、人間と同じ言葉を話すが、それは話すことができるというだけで、根底には、人間が用いる言語とは異なる、ベーシックと呼ばれる言語が存在する。
生活をしていれば汚れるので、風呂に入る必要はある。しかし、異なる特徴がいくつかあって、その代表的なものとして、飲食をしないということが挙げられる。見た目は人間と判別がつかず、身体を構成する物質の割合も人間とほとんど変わらない。その名称は、彼女たちが心臓の代わりとして木製の時計を備えていることに由来し、その時計は寿命をカウントする。呼ばれているといっても、その名称を知っている者はごく少数しかいない。リィルのような存在は、ある特殊な名称で呼ばれている。
それは、彼女が作られた存在であることに起因している。彼女は飲食ができない。リィルはコーヒーを飲んでいない。僕はコーヒーを啜りながら考える。
「どういう意味か、想像してごらんよ」
「どういう意味?」
「私自身、曖昧だから」
「曖昧な返事だね」
「色々」
「どうして?」
彼女の名前はリィルという。僕の前で大きく欠伸をしながら彼女が呟いた。「暇」
こういうときに、お茶をしたという表現をすると、本当にお茶を飲んだのか、それとも、お茶を含む同種の液体を飲んだのか、判断がしづらくなる。一階の食料品売り場で買い物をしてから、僕たちはショッピングセンターの一画にあるカフェでコーヒーを飲んだ。
僕は家に籠もってばかりいるから、今日が何曜日か分からない。時刻は午後四時過ぎ。データを持ち合わせていないから、平時と比較することはできないが、少なくともそういう雰囲気を感じた。駅前は比較的人が多かった。
もし、世界に関するありとあらゆることを知っている人間がいたら、その人間は世界そのものと同義になる。
僕には理解していないことが多いような気もするが、普通は、理解していることよりも理解していないこと、知っていることよりも知っていないことの方が多いわけだから、大して問題ではないだろう。ショッピングセンターというのがどういう施設なのか、僕はあまり理解していない。彼女に言われた通り、三十分で仕事を切り上げて、僕たちは駅前のショッピングセンターに赴いた。
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